大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

ほら、気付けば足元に。

自分が変化したことや、成長したことを見つけたければ、定点観測がいちばん確実だ。

 

すなわち、目に映る周りの誰かの横軸ではなく、1か月前、半年前、一年前の自分という縦軸で比べてみること。

 

そのとき、鍵になるのが、「必ず何か変わっている点がある」という前提で見ることだ。

 

その視点を持って見てみると、思わぬところから変化や成長が見つかるのかもしれない。

 

 

昨日に引き続いて、近所の川沿いの桜並木を歩いた。

 

昨日一輪咲いていた桜は、また少し開き始めているのだろうか、と思いながら。

 

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どの枝も、もう「その時」を待ちきれないようだった。

 

一年をかけたその旅路が、ようやく花開く時。

 

それは同時に、終わりと始まりが集う時でもある。

 

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やはり昨日よりも、開花は進んでいるようだ。

 

時の流れ、季節の移ろいは不可逆で。

 

冬の次には、春がやってくる。

 

ただ一つの例外もなく。

 

その奇跡に、しばし想いを馳せる。

 

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桜の写真を上手に撮る唯一の方法、それは晴れた青空の日に撮ること、という話を聞いたことがある。

 

この日はあいにく、午後から雲の多い天気だったが、それもまた春らしくて乙なのだろう。

 

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手を伸ばせば触れられる距離で、花開こうとする蕾。

 

小さな小さな奇跡を集めて。

 

行き交う人も皆、顔を見上げて桜の花を眺めている。

 

ふと、親子連れの三人とすれ違う。

 

2歳くらいだろうか、その小さな男の子が、きいろ、きいろ、とはしゃいでいた。

 

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足元に目を移すと、黄色の春が。

 

その男の子の目に映る世界は、桜だけではないのだろう。

 

ただ、「そこにある」という感動を、そのままに味わっているようにも見えた。

 

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近くに、紫の花も。

 

ムスカリ、という名の花だそうだ。

 

名前を知ることは、世界を愛すること。

 

つくづく、そう思う。

 

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こちらは可憐な白い花、クローバーに囲まれて。

 

こちらはハナニラ、という名だろうか。

 

桜だけに目を奪われてしまうが、そこかしこに、春は訪れて。

 

そんなことを思いながら、ふと目を移した先だった。

 

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桜の木の幹に、小さな小さな満開。

 

今日見た中で、一番の満開。

 

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幹から力強く咲いていた、二輪の桜。

 

生命の力、そして春を感じる。

 

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こちらはもう、満開。

 

ずっと見上げていたら、見落としてしまうところだった。

 

小さな先生に教えられた、満開の桜。

 

変化や成長は、それを見つけようとするときにだけ、その姿を見せる。

 

それは、幸せや安らぎ、愛といったものと同じなのかもしれない。

 

けれど、見つけても見つけなくても。

 

それは、そこにあるのだ。

 

この不可逆な季節が、たくさんの花を開かせるように。

 

それは、そこにある。

 

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