大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

行動と応援のふしぎな相関関係。

ありがたい後押しや応援があるから、やる気になり行動できるのか。

やる気になり行動したから、ありがたい後押しや応援が来るのか。

 

それは「ニワトリが先か、卵が先か」の議論と同じようなものかもしれない。

どちらも正しく、どちらも真実なのだろう。

 

されど、忘れずに持っていたい視点は、後者のように思う。

 

それは、自分の人生は、主体的に生きることができる、ということを教えてくれる金言だから。

動くことの、尊さを教えてくれるから。

 

 

12月にウマフリさんにトウカイトリックに寄せた記事を寄稿してから、少し間を置いていたが、ようやく今週からまた寄稿記事に手を付け始めた。

 

2月向けの記事のため、そろそろ納期が、と焦り出しての起稿ではある。

 

やはり納期というものは、プレッシャーにはなるものの、とかくさぼりがちな私の尻を叩いてくれるありがたいものだ。

 

また白地の画面に向かい合う勇気を出して、一文字目を書き始める。

 

少しずつ、少しずつ重ねていく。

 

そんな書き始めた日の翌日、こんなツイートを見かけた。 

 

 

一瞬、目を疑ってしまった。

え?え?…これ、じぶんのなまえ…と。

 

このゴードン3737(@jong375)さんとは、全く面識がない。

そんな方から、このような有り難いご感想のツイートを頂いたことが、にわかに信じられず。

 

何度見ても、このツイートは実在するようだ。

 

どうあれ、世に出たものを評価するのは私ではない。

どんな評価であれ、それはそのままに、あるがままに受け止めるべきものなのだろう。

 

その覚悟と勇気が、表現をまた次のステージへと押し上げるのかもしれない。

 

 

人は、パンのみで成長できるわけではない。

 

自分で気づいていてもいなくても、無垢な赤子のときから、誰かから有形無形の愛情を注がれたからこそ、人は成長することができる。

 

その誰かは、親かもしれないし、祖父母かもしれないし、学校の先生かもしれないし、あるいは別の誰かかもしれないし、もしかしたらいまそこには生きていない誰かや、神さまかもしれない。

 

その愛を注がれてきたからこそ、いまこうしてこのエントリーを書くことができるし、またこのエントリーを読むことができるのだろう。

 

それは、仮に目に見えなかったとしても、確実に、あるのだ。

 

受け取ろうが、受け取るまいが。

 

 

それにしても、書き始めたら、こういうご感想を見かけるとは、面白いものだ。

 

やはり、冒頭の疑問は、後者が正解なのだろうか。

 

いや、仮に書き始めていなかったとしても。

 

応援されていると感じて、書き始めたのだろう。

 

ニワトリも卵も、どちらも先であり、どちらも後なのだ。

 

 

ありがたいご感想を頂いたゴードン3737(@jong375)さん、そしてありがたい機会をくださったウマフリ様に、深く御礼申し上げます。

 

ありがとうございました。

 

 

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スクショして保存して、めげた時に拝もう。

 

ちなみにツイートの中にあるウイニングチケットアドマイヤコジーンの記事はこちら。

 

[平成名勝負]1659回目、されど生涯初の1着〜1993年東京優駿・ウイニングチケット〜 - ウマフリ.com

 

「おかえりなさい」と「ありがとう」 〜2002年 安田記念に寄せて - ウマフリ.com

 

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