大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

車の不具合に、10年という時間を想う冬の日。

「10年ひと昔」と言うけれど。

やはり人も時代も、あらゆることが一回り変わるのが、10年という時間なのだろう。

いまは、情報の伝達、浸透の速さから、もっと短くなっているのだろうか。

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いま乗っている車が、買ってから10年が経った。

18歳で免許を取得してから、ずっとペーパードライバーで通してきたが、仕事上どうしても必要になり、30歳で買った車だ。

5年落ち、4万キロで買ってから、10年。

走行距離は、12万キロを優に超えた。

自動車学校に、ペーパードライバー講習を受けに通ったのが懐かしい。

その愛車が、定期点検で不具合が見つかってしまった。 

いますぐに乗れなくなるわけではないが、乗っていると悪化していく一方とのこと。

しかも、修理するのならオーバーホールになり費用がかなりかかる上、確実に直る保証はない、と。

それなら、買い替えを勧めますよ、と。

困ったものだと思いつつも、そこまで長いこと乗っていたのだなと思うと、感慨深い。

なにしろ、10年ひと昔の10年だ。

車の性能や外観といったものに、まったく興味がない私ではあるが、それでもこれだけ長いこと一緒にいると、愛着が湧くものだ。

なにしろ、通勤でも使っているので、ほとんど毎日一緒にいる。

思えば、この車でいろんな場所に行ったものだ。

学生時代の想い出を探しに松本の温泉まで行ったり、
故郷の墓参に行ったり、
ブルーベリーを積みに行ったり
お伊勢や熊野に参拝に行ったり、
いろんな場所を訪れた。

いつも、この車が一緒だった。

ワクワクこころ躍る旅も、
一人感情が揺れて慟哭しながら運転したときも、
いつもの変わらない通勤路のときも、

いつも、この車が一緒だった。

それを思うと、どうも買い替えるのはしのびない感じがするのだ。

理で考えれば、買い替えるべきなのだろうけれど。

オーバーホールをしたところで、もう「その時」は近いとは言われたけれど。

それでも、愛着が湧いてしまったものは、こころは、なかなか納得しないものだ。

decade、10年。

そういえば、中学生か高校生の思春期のころに読んだ、CHAGE&ASKAを追ったノンフィクション本のタイトルが、「10年の複雑」だった。

彼らのデビューから10年間を追った、ノンフィクションの書籍だった。

彼らとそれを取り巻く人々の変化と、そして変わらないもの。

CHAGE&ASKAが好きだったことと、そんな内容が好きで、よく読んでいたように覚えている。

10年とは、やはり何かが一回りして変わる時なのだろう。

さて、我が相棒は、どうしようか。

すぐに決めなくてはいけないわけでは、ないけれど。

一緒に行った場所や、その日々を思い出しつつ。

少し、ゆっくり考えてみようと思う、冬の日だった。

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