大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

嫉妬、女へん二つ。

「嫉妬」という漢字は、なぜ両方に女偏がつくのだろう。

 

女に、疾。

女に、石。

 

たとえば、「妊娠」は分かる。

 

広く見れば雌雄同体などの性質を持つ生き物もいるが、ヒト科においては女性にしかできない所業である。

 

「妊娠」が女偏二つなのは分かる。

 

だが、「嫉妬」は別に女性に限定された話ではない。

 

セックスとジェンダーとの違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、漢字の成り立ちを見るに興味深い。

 

 

 

心の深い部分をのぞいてみれば、「嫉妬」とは自分自身の才能や魅力を教えてくれるサインではある。

 

それは男性であれ、女性であれ、同じだ。

 

誰かに嫉妬するということは、自分がそうなれると意識的にせよ、無意識的にせよ、分かっているから嫉妬する。

 

どうでもいいことや、最初から自分の外側にあるものには、嫉妬しない。

 

私がウサイン・ボルトに全く嫉妬しないのは、そのためだ。

 

「嫉妬する」ということは、正確に自分という存在を描き出してくれる。

 

自分の才能はなんなのか、どんな魅力を持っているのか、あるいは、どんなことに愛を注いできたのか。

 

それを素直に受け入れられていない分、嫉妬の炎は燃え盛る。

 

「嫉妬深い」というのは、それだけ才能や魅力が豊かなことの証左でもある。

 

そして、自分の持つ魅力なり才能なりを受け取った分だけ、嫉妬は軽くなる。

 

 

オトコの嫉妬は醜い、とよく言う。

 

それはそうだと思う。

 

私は男性なので、女性の嫉妬はよく分からない。

 

けれど、自分の嫉妬は嫌なものだと思う。

 

嫉妬という感情自体、好き好む人はいないだろうが。

 

男性の嫉妬というのは、どこかやり場がない。

 

それが仕事のことであれ、色恋のことであれ、何がしかの才能のことであれ、男性の嫉妬は、どこか救いがないように思う。

 

女性のそれは、純粋な愛の深さと才能の豊かさの証明のように感じるのに、なぜだろう。

 

まだ私が、自分自身が男性であることを許せていないのだろうか。

 

そうとも思えるし、そうでもないようにも思える。

 

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花は、嫉妬するのだろうか。しないような気もする。

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