大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

彼岸花と秋の空に、強さとしなやかさについて想うこと。

朝の空気の涼やかさ、そして清浄さ。

 

空の透明度、高さ、そして行き交う雲の形。

 

日に日に、秋の深まりを感じる。

 

いつもの川沿いを歩くと、赤い彼岸花

 

もう秋のお彼岸も終わってしまったが、その赤い特徴的な姿を見せてくれていた。

 

天を突くようにまっすぐ伸びたその茎、そして天恵を受けるために手を広げたような形。

 

先人たちに想いを馳せる彼岸の時期に、その姿を見せてくれるのは、示唆に富んでいるような気もする。

 

しばらく、秋の風に吹かれてみた。

 

 

そのまっすぐな茎は、風に揺れながらも、しなやかで。

 

強さとは、しなやかさのことなのかもしれない。

 

絶対に折れないこと、が強いのではなく。

 

 

時に、この彼岸花のように、しなやかに。

 

風を受け流し、それを楽しむように揺れていること。

 

それこそが、強さの源泉であり、象徴なのではないか、と。

 

強さとは、しなやかさ。

 

 

時代、あるいは社会の規定するイメージに、多分に影響されているのだろうけれど。

 

「強さ」と聞くと、どうしても「力強さ」と結び付けて考えてしまう。

 

それは、ときに直線的である。

 

支配的、男性的、強固、意思、不退転…などなど。

 

けれど、そうではない、強さもある。

 

どんなに激しい風雨にさらされても、竹はしなって折れないように。

 

やわらかな、強さもある。

 

 

竹がしなって折れないのは。

 

中が空洞になっているからだといわれる。

 

そこにいろいろと詰め込むと、かえって「ボキッ」と折れやすくなる。

 

目の前の彼岸花の、細くまっすぐな茎も、おそらくそうなのだろう。

 

人も、同じかもしれない。

 

しなやかな強さは、「空っぽ」から生まれる。

 

そこに何かをいろいろと詰め込みすぎると、折れやすくなる。

 

 

変わらず、彼岸花は揺れている。

 

しなやかに、どこか憂いをもって。

 

 

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彼岸花と秋の空。

花は、いつもこちらを見てくれている。

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