大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

「通勤」っていう文化も、いつか「参勤交代」みたいな扱いになるときが来るんですかね、と彼女は言った。

「不満です、とても」

「ん?何が?」

「なんか、こうして出勤することが、また当たり前に戻ってるじゃないですか」

「あぁ、なんか緊急事態なんとかが出てたときは、みんなテレワークテレワーク言ってたけど、喉元過ぎればナントヤラだな。朝の電車も普通に混んでるしな」

「ほんとです!やっぱり通勤って、非人間的です!」

「なんだ、テレワークはテレワークで弊害があるって、この前ブツクサ言ってたじゃないか」

「いえ、やっぱり通勤って、要らない文化です」

「文化か…たしかに、そうかもしれないな。『月曜から金曜まで、朝会社に行って、夜帰宅する』って、みんなが信じてるだけなのかもな。そこに合理性も必然性もない」

「そうそう」

「たしかに、お金とか民主主義とか、国家とかと同じ、共同幻想なのかもな」

「話が大きくなり過ぎです。まあ、でも緊急事態なんとかの期間は、出勤しなくても何とかなってたじゃないですか」

「あぁ、たしかに」

「でしょう?」

「同じ場所に集まってるのに、何か一緒にしてるかって言ったら、別にしていない。みんなパソコンに向かってるだけ。強いて言うなら、美味しいおやつを共有できるくらい」

「まあ、なぁ。ネットがなかった時代は、それも必要だったんだろうけど、いまは別にそうじゃないもんなぁ…でも、おやつは大事だ」

「ええ、とっても大事」

「それはともかく、何かで見たけど、ここ最近の不動産サイトの検索順位の上位は、千葉県の木更津市とか、神奈川県の葉山町とかなんだって」

「へぇ、葉山。いいですねぇ…」

「いままで、都心の便利なところが検索順位の上位だったのに、その需要が減ってるってことは、やっぱり毎日会社に行く人が減ってるってことなんだろうな」

「ええ…いいなぁ…」

「まあ、出勤するかしないか、『自分で選べる』ってなったら、いいよなぁ」

「そうですね。極端な話、1週間に1回の出勤でいいとなったら、軽井沢とかも通勤圏内になったりするんですかね」

「どうだろうな。でも、1週間に1回の出勤でOKとなるには、それ相応の生産性が求められるよな。俺みたいなロートルには、厳しい話だよ」

「そうですよね」

「否定してくれよ」

「アハハ。ロートルって単語、久しぶりに聞いた気がします」

「…まったく。でもさ、こうして社会が激変していく過渡期だから、いろんな生き方、働き方をする人間が出てくるわけで」

「まあ、たしかに」

「もう少し時代が進んだら、もう通勤とか過去の遺物だと感じるのが当たり前の世代になっていくんだろうな」

「あと80年もしたら、22世紀ですしね」

「22世紀っつったら、ドラえもんが生まれる世紀だぞ。そう考えると、すごいな…」

「いまのスマホの機能とか、もうすでにドラえもんのひみつ道具みたいな感はありますしね…」

「たしかに」

「でしょ?でも、『通勤』っていう文化も、いつか『参勤交代』みたいな扱いになるときが来るんですかね」

「分からんが、いつか22世紀の人たちが振り返ったら、そんな感想を抱くのかもしれないな」

「あの21世紀の古代人たちは、なんであんなにも非効率なことをしてたんだろう?って、言われてるかもしれない」

「あぁ、そうかもな。まあ、古代人は古代人らしく、足を使って頑張るよ」

「あ、外回り行くなら、甘いお土産お願いします」

「なんだそりゃ」

「え、アタシが出勤している唯一の意味じゃないですか。今日はツッカベッカライカヤヌマのクッキーでお願いします」

「なんだ、その舌を噛みそうな名前は…」

「あ、ちなみに並ぶんで、早く出たほうがいいですよ」

「いつの世も男は辛いよ…」