大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

記憶と感情の在りか。

記憶は、頭の中のどこか片隅にある。

 

感情は、心の中のどこかやわらかい場所にある。

 

本当に、そうだろうか。

 

時に、風に揺れる木の葉が記憶を預かっていても、不思議ではないような気もする。

 

時に、萎れた花弁に感情が宿っていても、それはそうだろうとも思う。

 

記憶、あるいは感情を、どうしたって個人的な領域でとらえてしまう。

 

この陰鬱な感じは、自分にしかないもので、あるいはこの切なくもほろ苦い記憶は、自分だけのものとして。

 

誰かの葉の痛みが理解できないように、自分のそれもまた分かりえぬものだ、と。

 

そうかもしれない。

 

けれど、そうでもないのかもしれない。

 

その胸の痛みは、いつか誰かが遺していった痛みなのかもしれない。

 

どこかで会ったような記憶を、風が運んできたのかもしれない。

 

いつか、だれかが、通った道。

 

いつか、だれかが、通る道。

 

その記憶、あるいは感情を、木や、風や、空や、あるいは一輪の花が、預かってくれているのだとしたら。

 

星の、記憶とでも呼ぶべきものだろうか。

 

もし、そうでなかったとしても。

 

いつか、どこかで会ったような気がする。

 

たぶん、どこかでその話をしたような気がする。

 

その痛みを、そして愛おしさを、ほんの、一瞬でも。

 

ほんの、刹那の間にも、共有できるような気がしたのだとしたら。

 

それは、字面通りの「有難い」ことなのではないか。

 

それが、喜びだったとして。

 

それを共感することを強いることも、押し付けることも、しなくてもいい。

 

ただ、純粋な自分の中の喜びとして、また風に預ければいいのだろう。

 

いつか、だれかが、また通るのだろうから。

 

f:id:kappou_oosaki:20200908212947j:plain

夕暮れも秋の色。 

________________________

〇お問い合わせ先

執筆についてのご依頼・お問い合わせはこちらから。

Instagramnaoto_oosaki/Facebok:naoto.oosaki.5

Twitter@naoto_oosaki/LetterPot:users/13409 

________________________

〇大嵜直人の作品一覧はこちら

【大嵜直人の執筆記録】

________________________