出がけには、まだぽつりぽつりと頬を叩いていた。
それが、いつの間にか視界が悪くなるほどの勢いの雨に変わっていた。
雷が鳴いて、時折フラッシュが焚かれたような閃光が走る。
夏の夕立ちとは少し違う、怒気を孕んだ雨だった。
ワイパーの速度を上げる。
案の定、市街地は渋滞して各駅停車のごとく引っ掛かった。
信号を待つ間、雨足の音が車内に響く。
激しくなったかと思えば、時折緩やかになり。
その緩やかな雨の音は、どこか旧い記憶を呼び起こすようだった。
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記憶の中のそれは、水の張られた田んぼを叩く音だった。
もうだいぶ風景も変わってしまったが、故郷の小学校までの通学路は、田んぼか畑がいくつも広がっていた。
雨の日の登校は、傘で狭くなった視界の隙間から、その田んぼの雨が叩く音を聞いていた。
水面に見えては消えていく、いくつもの雨足とともに。
それは、雨の日にしか見られない景色だった。
雨の日の登校は、気にならなかった。
ほんとうにそうだったのか、それともNOが言えないかったからなのか、分からないが。
よく雨にうんざりした顔をした友人たちを見たが、そこまで嫌かな、と不思議だった。
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雨は、嫌なものではなかった。
雨が、嫌なのではなかった。
けれど、その雨を見ている小さな私は、どこか、痛みとともにある。
雨を思い出すと、痛みがともにある。
ほしいものは、誰かが持っていた。
それは、自分以外の、誰かだった。
あのころ、自分は何を持っていたのだろう。
それを想うと、胸が苦しくなる。
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記憶の中の通学路は、水溜まりがたくさんできていた。
よく学校に着くまで一つの小石を蹴って運んでいたが、雨の日は、すぐに水溜まりに沈んだ。
その水溜まりに跳ねる雨足を眺めていると、すぐに一緒に登校する分団の皆から遅れた。
いつの頃からだろう。
遅れないように歩くことを覚えたような気がする。
篠突く雨でもなければ、そんなことも思い出さなかったのだろうか。
篠突く、長月。