大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

八月十五日。

父方の祖父は、満州で兵役に就いた経験があったと聞く。

 

聞く、と書いたのは祖父以外から聞いただけであり、祖父本人から直接その話を聞いたことはなかった。

 

いまから、ほんの7,80年前のことである。

 

誇らしげに語ることも、凄惨さを伝えることも、祖父は選ばなかった。

 

他の親族に対してどうだったかは分からないが、私に対しては、その経験に対して沈黙という態度を取ってくれた。

 

先の大戦でも、その前の日露戦争でも、親しい者を亡くしていると聞いたことがある。

 

祖父がどのような悲しみを背負って、半生を生きたのか、私には想像もつかないし、もう聞くこともできない。

 

幼い私が、地元の神社の酒樽の前で映った写真が残っている。

 

そこに映る祖父の目は、茫洋としながら、深い悲しみと、諦念が感じられる。

 

その瞳に、写真を眺めるたびに引き込まれそうになる。

 

 

祖父は、語らなかった。

 

それは、時代が規定する「男は黙すべし」という価値観からきているのかもしれないし、辛く悲しい経験ほど親しい人に話せなかったのだろうか。

 

いまとなっては、分からない。

 

ただ、それは私を愛していたからこそ、だと考えるしかない。

 

 

時代が規定する思考の枠、というものがある。

 

ほんの70年前、いまの現役世代から2世代前に、食べることも困難な時代があった。

 

とても悲しい出来事が、わが身の周りにあふれている時代だった。

 

そのような時代に生きたとしたら、腹いっぱい食べさせることが愛情表現だという思考になり、早く自立して頑張らないといけない、あるいは我慢しなくてはならない、という価値観になるのは、ある意味で当たり前なのだろう。

 

そんな経験をした世代に育てられた、私たちの親の世代もまた、同じである。

 

そして、その価値観は、受け継がれていく。

 

時に、それは時代の変化にそぐわなくなってくるが、なかなか受け継いだ価値観というのは外しがたいものだ。

 

決して、だれもが進んでそうしようとしたのではなかったのかもしれない。

 

そう考えると、悲しく、また胸が締め付けられる。

 

 

仕事、家族、お金、性、人間関係…あらゆる関係において、私たちは親から価値観を引き継ぐ。

 

ときに、それが時代や自分の生き方にマッチしなくなり、人は苦しむ。

 

結局のところ、新しい世界というのは、いつだって親の価値観の映し出す幻影を振り払ったところにある。

 

それは、そうなのだが。

 

その親自体が、その価値観を「誰から」「どうして」引き継いだのか、を考えると、どうにもやりきれなくなる。

 

ほんの、7,80年前、いまとは全く違う空が、広がっていた。

 

そう思うと、私を縛る、この不自由な諸々の価値観が、脈々と受け継がれてきた愛のあかしなのかもしれず、どうしようもなく、いとおしい。

 

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