立秋過ぎた途端に、猛暑日が続く。
梅雨が長かった分、その暑さが堪える。
やはり外気温も体温近くまで来ると、危険な暑さ、という感がある。
そんな残暑厳しい日、自宅の前の道路に、大きな物体が。
よく見ると、カメの甲羅である。
以前にも一度あったのだが、近くの川に住んでいるカメが、お散歩に来てしまったらしい。
アスファルトの熱さに参ったのか、首と手足をすくめている。
水のある川を捨てて何かを求めてきたのか、それとも何かに呼ばれてきたのか。
それは分からないが、甲羅の中にすくめた首をのぞき込むと、黒く光る瞳と視線が合った。
車の往来もあるので、そのままでは危ないと思い、道路の脇に避難させておいた。
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クリーニングなどの所用を済ませて戻ってくると、カメは駐車場に停めてあった私の車の後輪の陰に移動していた。
車の下の日陰で、休んでいるらしい。
このままだと、明日の朝、車を出すとき困ってしまう。
そう思ったのは私だったが、一緒にいた息子は、思いがけぬ来訪者をいたく喜んだ。
なにしろ、スーパーマリオブラザースに遊んでもらっている彼のこと、そのカメを「ノコノコ」と呼び、眺めたり突いたりしていた。
やがて、この強い陽射しで乾燥してかわいそうなので、水浴びをさせてあげたいと言い出し、私はマンションの部屋からバケツに水を汲んでくる羽目になった。
ジョウロと水鉄砲で、乾燥したカメの甲羅を濡らしてあげる息子と娘。
水がなくなると、また汲みに行かされる私。
駐車場に打ち水をしたようになり、少し涼しくなったような気がした。
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明日もまだいるかなぁ、としきりに息子は気にしていたが、残念ながら翌日の早朝、私が見たときにはすでにその姿はなかった。
息子は、寂しがっていた。
川に戻ったのだろうか。
それとも、どこかへ何かを探しに行ったのだろうか。
それは、よく分からない。
そもそも、なぜ安住の地である川を離れて、ここまで来たのだろう。
それは、カメ本人に聞いてみないと分からない。
いや、聞いても分からないのかもしれない。
安住の地に何か変化があったのか、あるいは何か抑えきれぬ衝動か。それとも本能か。
それは、分からないが、彼の大きさからすると、遥か遠くまで歩いてきたことは事実なようだ。
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そういえば、私が断酒を決めたのも、あの川の橋の上で、息子と娘とカメにエサをやっているときに、「ふと」決めたのだった。
それ意志なのか、それとも呼ばれたのか、よく分からない。
けれど、そんな断酒も、もう648日を数えるまでになった。
何のために始めて、どこへ行くのか、分からない。
時にそんなことも、あってもいい。
あのカメの行軍も、そんな感じだったのかもしれない。
そのカメが住んでいた川沿い。ここに戻ったのだろうか。