「すごいぞ、これ」
「え、どうしたんですか?」
「この某取引先からの案内。『昨今の感染症拡大などの社会情勢を鑑み、従前行っておりました虚礼を廃止することといたします』だって」
「へぇ…って、キョレイって何ですか?」
「ああ、あんまり聞かないよな。俺もググったよ。形式だけの儀礼って意味らしい。中元歳暮、年賀状や、形骸化した飲み会や冠婚葬祭も入るんだって。それをやめるってさ」
「へぇ…で、具体的に何をやめるんですかね」
「あぁ、毎年上役の方に中元歳暮とかで何か付け届けとかしてたんだろ。それをやめるってことじゃないのかな」
「へぇ…前時代的…そんなことするコストがあるなら、製品なりサービスなりの向上に使えばいいのに」
「お、おぅ…それをいっちゃあそうなんだけど…ウチみたいな民間は、受注してナンボだからなぁ。サービスのQCDじゃなくて、人に依った購買をしているところなんて、いくらでもあるだろうし。一概に悪とも言えないよな」
「へえ、随分とその取引先の肩を持つんですね…ぁゃιぃ…」
「いや、俺は利害関係者じゃないぞ。見りゃ分かんだろ、俺に送ってもムダだって」
「そっか、まあ普通に考えたらそうですよね」
「そこまで納得されると、悲しくなるな…」
「まあまあ。でも、よくよく考えたら意味不明ですよね。なんでコロ助が拡大しているから、キョレイをやめるんですかね」
「言われてみればそうだな…別にやめる理由としては、因果関係が薄いよな」
「それこそ、カミュの『太陽が眩しかったから』みたいに、因果関係が意味不明です」
「そうだな。こんな仰々しい行書体のフォント使って書かれてるけど、よくよく読むと、よく分からんな」
「結局、キョレイとやらもそうなんですけど、コロ助みたいなもっともらしい理由を探してただけで、みんなそうしたかったんじゃないですかね。こんなムダなこと、いつまでやるんかな…みたいな」
「あぁ…確かにあるかもな。『コロ助のため』『コロ助の拡大予防のため』『コロ助対策のため』って言っておけば、何でもOKの感があるよな、いま」
「ほんと。いろいろなくなりましたしね」
「通勤、無駄な打合せ、出張、飲み会…あとはなんだろう。いろいろ、なくなっていくよな。これだけすぐにできるんなら、最初からやりゃよかったじゃん…とは思っちゃうよな」
「いや、やっぱり理由が要るんですよ。恒常性というか、何というか。何にもしなければ、人間はどうしてもいまある状態を維持したがるというか」
「まあ、たしかに」
「そう考えると、もっともらしい理由って、気を付けた方がいいのかもしれないですね。本音を隠しちゃうのかも」
「え?本音を隠す?」
「そう。コロ助にしたって、何か別の理由にしたって。ほんとはそうしたかったのに、イヤイヤしながら、『しょうがないよねー』ってそれをしてるのは、何かコントのようというか…みんな、満員電車とか好きな人なんていなかっただろうに、何か理由をつけたがる」
「まあ、なぁ…」
「そうしたいなら、『そうしたい』って正直になった方が、よっぽど楽な世界になると思うんですけどね」
「そりゃ、そうだけどな。言える人もいれば、言えない人もいるだろうし。決して、それを外から誰かが否定するものでもない、とは思うなぁ」
「へー。正直になった方が楽なのに」
「まあ、それを気付かせてくれるのが、問題なりトラブルなのかもね」
「へえ。『うまくまとまっただろ?』ってドヤ顔してますけど、鼻毛出てますよ」