大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

水無月の紫陽花と、苦情についての追憶。

湿気が上がり、半袖のシャツすらも脱ぎたくなってくる6月。

 

ときに思い出す、顧客のことがある。

 

その顧客のもとを訪れた際も、紫陽花が色づき始めた頃だったように思う。

 

 

クレーム、あるいは苦情に対して、「申し訳ございません」とお詫びに上がる仕事がある。

 

商取引をする以上、どの職種にも存在するのだろう。

 

それが営業職がするのか、事務職がするのか、あるいはカスタマーセンターがするのか…それはさまざまだと思う。

 

その相手の顧客が、「顔見知りの場合」と「初対面の場合」でも、違ってくるのだろう。

 

以前に、よく仕事で苦情処理をしていた。

 

BtoCの業態における、一般顧客からの苦情という形態だったのだが、そのときの鉄則は、やはり「聞く」に徹することだった。

 

むしろ、「解決しよう」としてはいけない。

 

相手から「解決してくれ」と求められたときにだけ、最大限の誠意をもって解決策を提示する。

 

けれど、それはあくまで求められたら、の話であり、やはり最初は「聞く」ことだ。

 

言うは易し、なのだが、これがやはり難しい。

 

人間だれしも、「いや、そうじゃねえよ、こっちが正しいよ」と反論したくなるものだ。

 

かくいう私も、偉そうなことを書いておきながら、よけいなことを言って散々な失敗をしたことは一度や二度ではない。

 

 

それでも、いつごろからだろうか、私は苦情処理が嫌いではなかった。

 

ハードワークをしていたころ、顧客のところまで伺う移動時間が、つかの間の休息の時間だったからだ。

 

苦情は突然入るので、そうした時間はもう仕方がないと諦めて、ぼんやりとできる時間だったのだ。

 

そして、年齢層の高い顧客の場合、一通りの怒りがおさまると、たいてい家族のこと、仕事のこと、いろんなことを話してくれるものだった。

 

 

その顧客も、そんな高齢の方だった。

 

工業団地のはずれの、以前は新興住宅地だったと思われる地区に、ご自宅があった。

 

タクシーを使うのがもったいないので、地下鉄とバスを乗り継いでいったところ、たいそう迷った記憶がある。

 

蒸し暑い、水無月のころだった。

 

苦情にもいろいろな種類があるが、その日伺った案件については、その顧客に非はまったくなく、100対0で私の側に落ち度がある、という内容だった。

 

けれど、どんな内容の苦情だったのかは、もう思い出すこともできないくらい、記憶の彼方で霞んでしまったようだ。

 

100対0の場合は、ある意味で気が楽だ。

 

ただひたすらに、苦情の申し出を聞いた気がする。

 

いまは「アンガーマネジメント」とか何とかで言われるが、怒りを永続的に持ち続けることは、不可能だ。

 

まして、目の前の人に話し続けながら、怒り続けることなど、誰にもできない。

 

感情的なのは、誰でもだいたい20分くらい。

 

よく保って、30分だ。

 

その一息ついた瞬間に、思い切り違う話題を差し込むと、終息に向かう場合が多い。

 

タイミングを誤ると、怒りに再点火する可能性がある、諸刃の剣ではあるが。

 

 

「それにしても」

 

私は視線を逸らして言った。

 

「お庭の紫陽花が、綺麗ですねぇ」

 

それまで顧客の顔に浮かんでいた怒りの色が、どこかへ霧散していく。

 

今日は、賭けに勝ったようだ。

 

それから顧客は、紫陽花にまつわる話を、いろいろと話してくれた。

 

中卒で工場に集団就職したこと。

技術部門に配属されたこと。

仕事が嫌で仕方なかったこと。

けれど景気はよくて、いつも忙しかったこと。

いつしか所帯を持ち、仕事を続けたこと。

会社が買上げしたこの団地に、家を建てたこと。

株で痛い目にあったこと。

息子と娘のために、家の隣に土地を買ったこと…

 

いろいろな昔話を、してくださった。

 

「息子さんは、いまは近くに?」

 

私は何気なく、そう問うた。

 

顧客の顔が少し歪んだ瞬間に、しまったと私は思った。

 

「死によったで。自分から」

 

私は目を伏せた。

 

自責の念に圧し潰されそうになる。

 

人には、自分から話したくないことが、ある。

 

特に、結婚、子ども、家族、仕事、宗教、教育、お金…などなど、自分が当たり前と思っているものほど、要注意だ。

 

顧客が自ら語るのを聞く分には一向に構わないが、それをさも当たり前のように尋ねてはならない。

 

信頼という名の橋がお互いに架かっていない状態で、それを聞くのは、ある種の暴力なのだ。

 

私は自らを恥じた。

 

 

「親が、厳し過ぎたんやろなぁ」

 

少し場を和ませるように、顧客はそう言った。

 

「いえ、そんなことは…」

 

言いかけて、私は口をつぐんだ。

 

何を言っても、言葉が宙に浮くような気がした。

 

「まあ、それでもな、その土地を駐車場にしようと思うたんやけど、近所の子どもの遊び場になっとるわ。そこの草むしりするんが、いまの生きがいや」

 

その後、顧客は、自宅近くのその土地を案内してくれた。

 

きれいに手入れされた、原っぱだった。

 

しばらくその顧客と並んで、私はぼんやり原っぱを眺めていた。

 

なぜかいつも蚊に好かれる私は、あっという間にたくさんヤブ蚊に食われて、往生した。

 

 

あの日の紫陽花は、薄紫だったのだろうか。

 

それとも、水色だったのだろうか。

 

今年も、紫陽花の咲く水無月が訪れる。

 

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