大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

歩くこと、書くこと、生きること。

文章が上手くなる、とは、どういうことだろう。

 

たとえば、「この横断歩道を歩いて渡ってください」という指示は、理解できる。

 

理解できるし、「歩く」ことができる人は、その指示を実行することができるだろう。

 

ところが、「この横断歩道を『上手く』歩いて渡ってください」という指示ならば、どうだろう。

 

「上手く歩く」とは、なんぞや?と、混乱する。

 

歩くことができる人もいれば、当然、できない人もいる。

 

けれど、上手く歩く、とは、どういうことだろう。

 

歩く姿が、堂々としている人もいる。

猫背で歩く人もいる。

モデルのキャットウォークのように歩く人もいる。

スタスタと小股で歩く人もいれば、

あるいは、大きな歩幅でドスドスと歩く人もいる。

 

見る人によっては、そこに美醜はあるのかもしれない。

 

けれど、どの歩く姿も、「その人」の歩く姿である。

 

その人のこれまでの歩みが、想いが、その姿に出る。

 

その姿に、「上手い」も「下手」もない。

 

ただ、その人であるだけ。

 

その歩く姿に滲み出るものこそが、

 

個性

 

と、呼ばれるものなのかもしれない。

 

歩くことと、書くことは似ている。

 

それは、生きることとも同義であるようにも思うが、どうだろうか。

 

________________________

〇お問い合わせ先

執筆についてのご依頼・お問い合わせはこちらから。

Instagramnaoto_oosaki/Facebok:naoto.oosaki.5

Twitter@naoto_oosaki/LetterPot:users/13409 

________________________

〇大嵜直人の作品一覧はこちら

【大嵜直人の執筆記録】

________________________