大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

やって来るもの、過ぎ去っていくもの、いま目の前にあるもの。

近所の川沿いの桜並木を歩く。

 

先週末に、今年初めて咲いた桜を見たが、もう陽当たりのいい場所では満開に近い。

 

f:id:kappou_oosaki:20200328222158j:plain

 

前日の夜には少し強めの雨が降っていた。

 

この日も曇りと雨の予報で、なかなか青空をバックに撮れないのがもどかしい。

 

それでも、この淡いピンクの色調に、今年も出会えたことを喜ぶ。

 

「花見」といえば、条件反射的に「桜の花」の下を思い浮かべるように、やはり「花」といえば桜なのだろう。 

 

f:id:kappou_oosaki:20200328222102j:plain

 

健気に、木の幹から花を咲かせるものたちもいる。

 

こうしたものも、枝の先に咲くものも、不思議とどの花も、桜は下を向いて咲いていることに気づく。

 

太陽に向かって上を向くのではなく、どの花も下を向いていることが、不思議だ。

 

f:id:kappou_oosaki:20200328222149j:plain

 

そう思っていると、上に向いて咲くものを見つけた。 

 

めずらしく木ではなく、草むらに咲く桜。

 

桜の木の切り株から、生えてきた枝から咲いているようだ。

 

花は誇らず。

 

いつもと変わらず、

春がやって来る。

陽が昇る。

桜が咲く。

 

桜が散る。

陽が沈む。

いつもと変わらず、

春が過ぎ去っていく。

 

目の前のものは、移ろいゆく。

 

けれど、いま、この目の前にあるものは、変わらない。

 

それは、「いま」という刹那は、永遠あるいは不滅と同義だからだ。

 

桜を、花を、季節を見つめることは、それを教えてくれる。

 

どこにも行かなくていい。

 

ただ、ここでくつろいでいなさい、と。

 

f:id:kappou_oosaki:20200328222053j:plain

 

昨晩の花散らしの雨に打たれたのか、せっかく咲いたであろう一輪の花が落ちていた。

 

手に取って、活けてみる。

 

部屋の中にも、春が訪れたようだ。

 

________________________

〇お問い合わせ先

執筆についてのご依頼・お問い合わせはこちらから。

Instagramnaoto_oosaki/Facebok:naoto.oosaki.5

Twitter@naoto_oosaki/LetterPot:users/13409 

________________________

〇大嵜直人の作品一覧はこちら

【大嵜直人の執筆記録】

________________________