大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

冬至を前に伊勢志摩をめぐりて陽を探す旅3 ~三重県伊勢市・内宮(皇大神宮)訪問記

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宇治橋の大鳥居から日の出を望むことができたのは、僥倖だった。

7時を過ぎてから、鳥居山の稜線に分厚い雲が流れてきたときは難しいかと思ったが、奇跡のような瞬間をこの目で見ることができた。

 

寒い中、2時間近く地蔵のごとく待っていたおかげで冷えて固まってしまった身体を、少しストレッチなどをして動かして温める。

 

ようやく、宇治橋を渡って内宮に参拝できる。 

 

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宇治橋から五十鈴川と冬の空を望む。

薄くたなびく雲を眺めながら、日の出が見られたことに改めて感謝したくなる。

 

熊野本宮でもそうだったが、「川」が聖域とを分ける境界線になっている。

強制的な禊、ということなのだろうか。

 

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午前8時台の参道は、清々しい空気に満ちていた。

この時間に参拝したことはなかったが、やはり早朝の神社というのはいいものだと、改めて思う。

 

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参道に咲く一輪の花。

冬の空気には、白い花がよく似合い。

 

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五十鈴川御手洗場にて。

清らなかなその流れを見てぼんやりする。

 

内宮、皇大神宮

創建はおよそ2000年前の垂仁天皇の御代まで遡るとされ、皇室の御祖先であられる天照大御神を祀る。

 

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)以来、天皇の御側でお祀りされていた天照大御神だったが、そのことに怖れを抱かれた第10代崇神天皇が、皇居の外でお祀りされることを決意されたそうだ。

 

当初は皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりびめのみこと)により大和国の笠縫邑(かさぬいむら)に祀られていたが、第11代垂仁天皇の御代になり、永遠に神事を続けることのできる理想的な場所を探すことになる。

垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)がそれを引き継ぎ、伊賀、美濃、近江などの国々を経由して、この伊勢に辿り着いたとされる。

 

日本書紀』によると、そのとき天照大御神は「この神風の伊勢の国は、遠く常世から波が幾重にもよせては帰る国である。都から離れた傍国ではなるが、美しい国である。この国にいようと思う」と言われ、倭姫命は大御神の教えのままに五十鈴川の川上に宮をお建てしました。

 

神宮の歴史・文化|神宮について|伊勢神宮

 

長い時間をかけたその旅程の中で、一時的に祀られた場所は「元伊勢」としていまに地名を残している。

去年訪れた宮津もそうだし、その近くの福知山市の大江も有名だし、遠くは岡山、滋賀、岐阜などの各地のその名を残す。

 

理想の地を探したその旅は、およそ90年もの時をかけた旅路であったと聞く。

 

それだけの時間をかけてたどり着いたのが、この伊勢の地だった。

何ともロマンあふれる、日本の「心のふるさと」の起源。

 

この地の空気に触れて、歩いているだけで、何がしか感じるものがある。

 

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別宮、風日祈宮(かざひのみのみや)へ至る橋。

 

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風日祈宮は、級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸邊命(しなとべのみこと)という風の神さまを祀る。

 

鎌倉時代元寇の際に、神風を吹かせて日本を守ったとされる。

 

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とても静かな、心地よい場所。

 

歩く、空気に触れる、目を閉じる、手を合わせる。

ただ、そうするだけの時間。

 

参拝は、やはり瞑想に似ている。

 

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本宮に。

朝8時台ということで、こんなにも空いている本宮前は、初めてだった。

 

おかげで、ゆっくりと心静かに手を合わせる時間を持つことができた。

年が明けて初詣に来るのもいいが、この時期に来れたことに感謝したい。

 

何たって、江戸時代には「一生に一度」と言われたお伊勢参りなのだから。

 

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内宮に生える樹木は、どこまでもまっすぐで。

 

熊野の奥宮・玉置神社で見た樹齢三千年を超える杉は、人知の及ばない自然の威容を示すようで、その力強さに畏怖の念を覚えたが、このお伊勢で見る木は、また雰囲気が違う。

 

それは、知性と包容力、静謐さ、そして神性を帯びているようで。

それでいて、どこか懐かしく、ほのかにあたたかな雰囲気で。

 

お伊勢が日本人の「心のふるさと」であるならば、訪れる人がそこで感じるのは、自らのルーツでありアイデンティティであるのかもしれない。

 

もう実家もなくなり、有縁の人もほとんどいなくなってしまった、私の故郷。

 

帰りの参道を歩きながら、私はその風景を、思い出していた。

 

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