大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

書評:根本裕幸さん著『子どもの将来は「親」の自己肯定感で決まる』に寄せて

今日は書評を。

 

心理カウンセラー/セミナー講師/ベストセラー作家の根本裕幸さんの新刊『子どもの将来は「親」の自己肯定感で決まる』(実務教育出版)に寄せて。

 

 

1.物語形式での子育て本

 

物語は、とある東京近郊の街のスナックを舞台としてはじまる。

 

大阪で事業に失敗して、この街に移り住んでサラリーマンをはじめた二児の父である「賢一」と、彼の妻である「多江」。

 

慣れない新しい土地での仕事と生活、抱えた借金、そして子育て…さまざまな問題を抱えた二人は、ひょんなことから街のスナックに引き寄せられる。

 

そのスナックの「ママ」は、常連さんに買い物に行かせたり、皿を洗わせたりと傍から見れば傍若無人なのだが、スナックを訪れるお客さんの話を聞いてくれる上に深い人生論を語ってくれる人気者だった。

 

「賢一」と「多江」は、それぞれの悩みを「ママ」に打ち明けていく。

 

子育てをしたことのある人ならば、身につまされるような彼らの悩み。

 

それに対して、スナックを訪れるいろんなお客さんの人生を見てきた「ママ」の答えは…

 

という、著者のこれまでの著作とは異なり、小説形式での著作となっている。

 

多くが「ママ」と「賢一」もしくは「多江」の会話形式になっており、「ママ」のだみ声を想像して読むのが楽しい。

 

それでいて、各章には「ママ」の語る人生訓の心理的な側面からの解説もついており、一つ一つの項目に、我が身を振り返って考えさせられる。

 

そんな本書(=ママ)の中で一貫して語られるのは、タイトルにある通り「子育てにおける親の自己肯定感」の重要性である。

 

それはすなわち、子育てにおける親の「在り方」についてということだ。

 

その「在り方」とは、自分の価値を認め、自分を愛し、自分を肯定し、自分の軸を確立するという、著者がいつも語ることに他ならない。

 

こうしたらうまくいく、というハウツーやテクニック論でないだけに、それはとても地味に思えるかもしれない。

 

けれど、少しでも子育てに悩み、そして子どもと、ひいては自分と向き合うことをされたことのある方ならば、「ママ」の言葉は響くのではないかと私は感じる。

 

そんな一冊である。

 

2.「はしごを外された世代」の子育て

 

 

さて、この本のタイトルにドキッとさせられるのは、子育て世代なのだろうと思う。

 

30代から40代の世代が多いと思われるが、私も含めたそのあたりの世代というのは、どうも自己肯定感が低く、それに起因したさまざまな問題を抱えている人が多いように思う。

 

もちろん、そのあたりの世代というのは「厄年」という言葉に表されるように、比較的多くの人が人生の転機が迎える時期でもあるのだが、それを考慮に入れても、どうも私も含めた30代から40代前後の世代というのは、悩み多き世代のようだ。

 

それは、いま現在30代から40代という世代が、言ってみれば「はしごを外された世代」なのかもしれないと私は思う。

 

学校教育というのは、明治期の起こりから遡ってみると明白な通り、「優秀な兵隊」を養成するための機関という側面がある。

 

当然ながら、そこで求められ評価されるのは「正確さ」「従順さ」「規律」「画一性」などといった軍隊に必要な資質である。

 

それが太平洋戦争終戦後、経済復興を支えた製造業の工場に必要な「工場作業者」の資質とほぼ同一であったため、その教育システムは根本的な部分を変えることなく、ずっと引き継がれてきた。

 

もちろん、その恩恵で高度経済成長を支える人材を育て、敗戦国だった日本をわずか数十年で世界第2位の経済大国にまでに成長させたとも言える。

 

しかし、経済が成熟するにしたがって第2次産業(製造業、建設業など)の現場に従事する人は激減していき、現在では第3次産業(農業、工業以外の多様な業種)の仕事が増えており、そうした仕事においては従来、大切にされてきた資質(画一性、規律、従順さなど)が足かせになる場合が多い。

 

さらに、1990年代から登場したインターネット、スマートフォンSNSなどは、従来では考えられなかったさまざまな生き方を可能にし、「どう生きるか」を日々私たちに問いかけてくる。

 

翻って考えるに、私と同じ現在の30代から40代の世代というのは、そうした画一性を重んじる教育を成人するまで受け、そして社会に出てからも「24時間戦えますか」というような高度経済成長の働き方を誇る先輩から影響を受けてきた。

 

それが、気づけば「個性の時代」と言われ、「働き方改革」「ブラック企業」「社畜」などという言葉が流行し、いままで美徳と呼ばれていた価値観がいつの間にか真逆にひっくり返された世代であると言える。

 

え?頑張って自分の身を犠牲にして働いてはいけないの?

空気を読んで、意見を言わないのはいけないことなの?

みんなと同じで目立たないことって、悪いことなの?、と。

 

それは、いままで登ってきた「はしごを外された」世代ともいえる。

 

親を、先生を、そして会社の先輩に言われて身に着けてきた価値観を、否定してひっくり返さないといけない場面が多々あるけれど、長年身についた価値観はそうそう書き換えられず、悶々と葛藤する。

 

そんな世代が子育てに直面したとき、戸惑うのも当然なのだろう。

 

「子育ての手本」は親から受けた子育てだけという、少なすぎるサンプルしかないのに、時代は親が子育てしていたときと大きく変わり、良いとされてきたものは悪いと言われたりする。

 

自分たちも価値観の変化についていくのが大変なのに、その上に何を子どもに伝えたらいいのか、分からなくなるのが、「いま」子育てをしている世代なのではないかと思う。

 

本書では、それに対して一つの答えを提示してくれる。

 

すなわち、時代や社会が変わろうとも、不変な「親」と「子」の関係における法則があり、それは先の項で書いた通り、どんなテクニック論よりも「親の自己肯定感」が子育てにおいては大切だ、ということだ。

 

本書の中の「ママ」の金言を引いてみる。

 

子どもにとって一番嬉しいんは、親が喜んでくれることなんやで。(本書p.36)

 

それより大事なことは、ちゃんと娘との間に境界線を引くことや。(本書p.93,94)

 

親が事項肯定感低くて、自分を否定ばかりしとったら、子どものことも受け入れられずに否定ばかりしてまう、ちゅうことや。(本書p.124)

 

お母ちゃんが笑顔でいることが、一番の子育てやと思うんや。(本書p.189)

 

何より大切なんは「私のせい?」って自分を責めへんことやねん。(本書p.286)

 

本書の中の「不登校」を扱った章にある通り、目に映る子どもの問題は「親」がつくっていると言える。

 

そして、問題の多くは「自己肯定感の低さ」から生まれる。

 

子育てを通じて、自分の価値を、自己肯定感を磨くことを、親は教えられる。

 

それは、我々のような「はしごを外された世代」でも、同じのはずだ。

 

向き合うのは、まずは自分の内面。

 

「ママ」の金言は、おそらく時代を越えてすべての「親」に必要なものなのだろう。 

 

3.自分の「スナック」を持つことの大切さ

 

本書は「賢一」と「多江」の家族の再生の物語でもあるが、そのキーになっているのは当然ながら「ママ」の存在である。

 

二人の話を聞き、それを受け止めながら、その価値観の外にある考え方を提示してくれる存在。

 

「子育て」において必要なのは、おそらく「ママ」のような「外の価値観」を提示してくれる存在であり、そうした人がいる場(=コミュニティ)を持つこなのだろう。

 

それはやはり自分の親や友達、同僚といった近すぎたり利害関係がある距離の人では難しいように思う。

 

本書の中ではその場を「スナック」に設定してるが、それは象徴的な設定のように思う。

 

前田裕二さんもその著書の中で語っている通り、スナックには「余白」、すなわち「応援したくなる部分」がたくさんあふれているから、コミュニティとして何ものにも代えがたいものになるからだ。

 

「応援したくなる部分」とは、すなわち「弱さ」であり、「欠点」であり、「短所」である。

 

スナックに訪れるお客さんは、みな「賢一」や「多江」のように愚痴や悩みを語り、「ママ」に叱られ、諭され、励まされて、応援してもらう。

 

そこで語られる愚痴や悩みは、応援したくなる「余白」なのだ。

 

そうした弱みを晒せる場所、コミュニティをどこで持つか。

 

それこそが、子育てにおいて大切なことなのかもしれない。

 

本書の「賢一」と「多江」のようにスナックの「ママ」に話を聞いてもらうのも一つの方法だろうし、それともカウンセラーに話を聞いてもらうのも、一つの場をつくる方法なのだろう。 

 

子育てで悩むと、どうしたって孤立しやすい。

 

そうならないように、自分の「スナック」なり「カウンセラー」といった場やコミュニティを持つことは、自分にとっても、子どもにとっても、とても大切なことだ。

 

4.悩む分だけ愛がある

 

子育てに悩む分だけ、愛がある。

 

悩んだ分だけ、深く自分の、そして「相手」の愛を知り、理解することができるようになる。

 

「相手」とは、子どもだけではない。

 

自分の親であり、ひいては他者すべてへの及んでいく。

 

本書を読んでいると、そんなことを考えさせられる。

 

本書で言われている通り、「子育ては自分育て」。

 

そこで学ぶことは、子どもとの関係のみならず、すべての人間関係において大切な学びなのだと思わされる一冊だった。

 

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