大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

過ぎゆく夏を惜しむ。

久しぶりに通る街道は、お盆のせいか以前の記憶よりも空いていた。

 
どうもお盆という時期は、夏の「終わりの始まり」と重なるせいか、感傷的になってしまう。
 
目印となる建物もあるけれど、ここは通るたびに、少しずつ建物が変わっているように感じる。
 
されど、移り変わる前の景色の記憶も不確かで思い出せず、時の流れというのはこういうものか、と妙に一人納得する。
 
境内は、私の他に二組が墓参に来ていた。
 
手水社で手を洗う。
 
 f:id:kappou_oosaki:20190814005323j:plain
息子は昔から、この吐水口の飾りを「ドンゴラさん」と呼んでいる。
 
「ドラゴン」ですらないのだが、それもまたかわいいものだ。
 
境内に入り、手桶に水を汲む。
 
手桶に流れ落ちる水の音が、なぜか心地よかった。
 
今日も暑い日になると思い、日除けの帽子をかぶって来たが、急に厚い雲が空を覆い始めた。

f:id:kappou_oosaki:20190814004110j:plain

 
ありがたい。
 
少し、ゆっくりしていけと言われているのかもしれない。
 
例年、着いたそばから私に求愛してくるヤブ蚊も、今年は少ないように感じる。
 
少しゆっくりと、墓石を磨く。
 
少し、苔のような緑色が見えるようになってきた。
 
50年という歳月の重なりを想う。
 
ロウソクに火を灯し、線香を焚いて、静かに手を合わせた。
 

f:id:kappou_oosaki:20190814004059j:plain

 
ほおずきの橙色が、妙に鮮やかだった。
 
 
本堂に上がってお参りをすると、墓参客用に冷たいお茶とお菓子が用意されていた。
 
遠慮することなく、一服つかせていただいてると、住職の奥様がお越しになった。
 
挨拶を交わし、お茶の御礼を申し上げていると、息子が「このお寺はいつから建ってるの?」と聞いていた。
 
そういえば、古いとは思っていたが、私も詳しい話は聞いたことがなかった。
 
1600年ごろにこの土地で、お寺が始まったのよ、と奥様は仰った。
 
それ以前は、別の宗派の建物が建ってたのよ、とも。
 
川沿いのこの土地は、古くから交通と物流の要衝で、人が多く集まる土地だったらしい。
 
1600年というと、江戸時代も初期の初期。
 
家康が統一した全国を治めるために、そして領民の把握の利便性のために、「菩提寺」の制度を取り入れたと聞いたことがあるが、時期的にそれと関係があるのだろうか。
 
それはともかく、そこからお寺は400年以上の歴史を積み重ねきたことになる。
 
その後、明治期の濃尾地震でお堂は全壊してしまったが、当時の檀家の力によって再建したとも仰っていた。
 
そこから考えたとしても、悠に100年以上。
 
100年という分かりやすい単位が出たことで、息子は満足げに頷いていた。
 
このお堂も、明治、大正、昭和、平成、令和と五つの激動の時代の空気を吸ってきたのか。
 
冷たいお茶を、もう一杯頂きながら、私は感慨にふけっていた。
 
 
墓参りのあと、近くの川沿いの公園で息子と蝉取りにいそしんだ。
 

f:id:kappou_oosaki:20190814004050j:plain

 
松並木にはずいぶんとたくさんのアブラゼミがいて、息子はいたく気に入り、再び顔を出した太陽の下、小一時間も汗だくになりながら、息子と一緒にタモを振り回した。
 
捕まえたアブラゼミは、自宅の近くで捕まえるそれより、一回り小さいと息子は言っていた。
 
遠くで、ツクツクボウシの鳴く声が聞こえた。
 
私は過ぎ行く夏を惜しんだ。
 

f:id:kappou_oosaki:20190814004218j:plain

 

________________________

〇大嵜直人の書斎:2019/8/14

1.某メディア様への寄稿記事

→ 次回記事「名人」(仮)構想中、寄稿目標8/25

2.ものがたり

→ 執筆中、タイトル未定

 ________________________

〇作品一覧・お問い合わせ先はこちら

【大嵜直人の執筆記録】

________________________