大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

断酒日記【242日目】

新しいことにチャンレンジする、ということ。

それは「成功も失敗も含めた経験を得られる」という恩恵を与えてくれる。

そしてその延長線上に、「同じ経験をした、あるいは経験をしている人の気持ちが分かる」という大きな恩恵があるようだ。

断酒にチャレンジして丸8か月が経過した今日この頃だが、先日嬉しいことがあった。

大切な友人である岩橋隆盛さんが、断酒についての思いをブログに綴っているのを見かけたのだ。

ameblo.jp

何度も辞めようと思ったけれど、やっぱり辞めれなかった。

けれど、大切な人を悲しませたくないという想いによって、酒を辞めるに至ったという愛の物語。

その断酒に至るまでのいきさつを読みながら、隆盛さんが綴ったこの部分に深く頷いてしまった。

それと、何だかうまく言えないけど、もう、お酒を飲んで何かから逃げたり、感情を麻痺させるのが嫌になっちゃった、とでもいいましょうか?

そうなのだ。

私の場合は「何となく」ふと思いついて断酒を始めたのだが、その根底には、

「酔うために飲むような飲み方は、もうイヤだ」

「感情をお酒で麻痺させるのが、嫌になった」

「二日酔いになって自分を苛めるのを、もう辞めたい」

という想いがあったように思う。

以前にこちらのエントリー(→断酒日記 【26日目】 ~これまでの断酒のメリット・デメリットのまとめ)の中で書いたのだが、お酒には感情を冷凍させる効用がある。

さしずめ、食べきれない食材をラップにくるんで冷凍するように。

それは、お酒を飲んでいる間はどこかに行ってしまっているのだが、それでなくなったりするわけではない。

お酒はそのときの感情を冷凍こそすれ、決して消化することはない。

意識的にせよ無意識的にせよ、そのことを理解した私は、「何となく」断酒を始めた、というのが経緯のように思う。

これは人から言われたり、表面的に教えらえたりしても続かなくて、自分で気づいて納得する必要があるのではないか、と思っている。

そのような実体験があったからこそ、隆盛さんの言葉に深く頷くし、断酒が続こうが続くまいが、応援したいと感じる。

もしも私自身が断酒していなければ、そのように同じようなことに挑戦している人に共感したり、応援しようとしたりできなかっただろうな、とは思う。

いままでやってこなかった事への、新しいチャレンジ。

その恩恵は経験のみならず、その経験から他人の心情が想像できるようになる、ということにもあるのかもしれない。

隆盛さんが書いていたように、

こんな感じで今回お酒について書いてみましたが、まだ自分の中ではまだお酒との問題は終わっていないと思います。

未だに食事に行ったりのみに行くと、最初のビールは美味しそうだし、日本酒と刺身を合わせて飲みたいとも思う。

とは、私も同じである。

いよいよ、断酒をして初めての夏が来る。

生ビールの喉ごしの誘惑に耐えられるのか、新しい挑戦の夏になる。

まあそれはさておき、隆盛さんが書いているように、自分自身との対話を地道に続けていこうと思う。

これからどうなるのか?もう一生飲まないのか?あるいはまた再開してしまうのか?わからないけど、これからも自分自身を見つめていこうと思います。

隆盛さん、いつかお互い解禁したら、美味しいお酒をしこたま飲みましょう。

もしかしたら来世になるかもしれませんが…