大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

書評:根本裕幸さん著「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」に寄せて

久しぶりに書評を。

 

根本裕幸さんの新著「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン)に寄せて。

 

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私たちが当たり前のように使っている、「罪悪感」という言葉。

 

もしかしたら、巷にあふれているこの言葉の指す感情について、私たちはあまりに知らな過ぎているのかもしれない、と思わされる一冊だった。

 

そして、結論から先取りするなら、「罪悪感」とは「愛情」の裏返しであり、本書は「愛するということは、愛とは、何ぞや?」という主題に沿って書かれた本である。

 

 

 

1.罪悪感とは何か

 

20世紀の哲学者であるフロムは、その名著「愛するということ」の中で、罪悪感を孤立からくる古い感情と述べている。

 

「孤立は恥と罪悪感を生む。そうした孤立からくる恥と罪悪感については、聖書のアダムとイヴの物語に描かれている。

(中略)

人間が孤立した存在であることを知りつつ、まだ愛によって結ばれることがない――ここから恥が生まれるのである。罪と不安もここから生まれる。」

 

エーリッヒ・フロム「愛するということ」(紀伊國屋書店)p.24.25

 

このように人間にとって古くから付き合いのある感情である「罪悪感」であるが、その感情について詳しく解説し、その癒し方まで書かれたのが本書である。

 

私たちが日常に使う言葉のイメージからすると、「罪悪感」とは「誰かに何か悪いことをした際に感じる、罪の意識」あたりのイメージだろうか。

 

そうした分かりやすい自覚的なものから、潜在意識の奥に潜むものまで、罪悪感はさまざまな形態を取るとされ、本書ではそれを以下の7つに分類している。

 

  • 1.だれかを傷つけてしまった/壊してしまった(加害者の心理)
  • 2.助けられなかった/役に立てなかった(無力感という罪悪感)
  • 3.なにもしていない/見捨ててしまった
  • 4.恵まれていることへの罪悪感
  • 5.自分は毒である/自分は穢れている
  • 6.親やパートナーから受け継いだ罪悪感
  • 7.そのほか

 

そして、それらの罪悪感は、

 

「自分は罰せられるべきである」と思うようになり、自分を傷つけ、苦しめ、しあわせではない状況を自ら引き寄せます。

 

根本裕幸「いつも自分のせいにする罪悪感がすーっと消えてなくなる本」(以下、本書)p.18

 

このように罪悪感というものは曲者で、私たちが抱えるすべての問題の裏側にこの厄介な感情があると本書は述べる。

 

著者がこれまでの経験で出会った中で、さまざまなジャンルの問題に関する相談を受けた具体的な事例が豊富に挙げられている。

 

ハードワークにハマって家庭を顧みない会社員の男性、

いつも母親失格だと自分を責める母親、

夫の浮気に悩む奥様、

父親の期待に応えようとして自分を追い詰める先生、

優しい彼を振り回し別れを告げた女性…

 

その誰もが、心の奥にたんまりと罪悪感を抱え、自分を傷つけるような行動を重ねてしまっていた。

 

読んでいて、彼らの物語は、まるで他人事のように思えなかった(特にハードワークの男性と父親の期待に応えようとする男性…)のだが、このように罪悪感とはさまざまな問題の源泉となり、自らを傷つけ、そして周りにその感情を感染させるという、恐ろしい感情であると本書は述べる。

 

2.罪悪感の裏側にあるもの

 

さて、このようにできれば避けて通りたい罪悪感という感情だが、本書はそれを単純に悪者として否定しようと述べているわけではない。

 

ここが、述べ5桁を超えるクライアントの罪悪感と向き合ってきた著者の見方の白眉なのだが、「なぜ罪悪感を抱えるようになったのか」にフォーカスして、そして「罪悪感とうまく付き合っていくにはどうしたらいいのか」について、本書では述べられている。

 

「罪悪感がある=いけないこと」というふうに解釈するのはとても危険です。罪悪感というのはあって当たり前と言ってもいい感情なので、むしろ、その存在を認め、共存していくことを考えることをお勧めしたいと思います。

 

本書 p.37.38

 

罪悪感を否定したり、消したりするのではなくて、それを当たり前のものとして共存する。

 

なぜ、そうするのかは、罪悪感の裏側には必ず愛があるから、と著者は述べる。

 

子どもになにかあったとき、多くの母親は「私のせいで……」と罪悪感を強く覚えるものです。それだけ子どものことを愛しているからではないでしょうか。

また、大好きだった恋人と泣く泣く別れを選ぶときに「これだけひどいことをしてしまったんだから、自分はもう幸せになってはいけない」と罪悪感を覚えるのも、それだけ恋人のことを愛していたからではないでしょうか。

 

本書 p.120

 

まさに、そうなのだと思う。

 

どうでもいいことで、私たちは悩まない。罪の意識を覚えるほどに思い悩むということは、それだけ、その裏側には深い深い愛が隠れているから、なのだと気づかされる。

 

著者は、

 

私の仕事はその人の人生の中に愛を見つけることだと思っています

 

本書 p.172(太字部は原文のまま)

 

と述べている。

 

けれど、それは著者に限らず、読んでいる私自身がそうなりたいと思わされる。

 

罪悪感からではなく、その奥の愛に目を向けること。

 

それができたならば、きっと問題は問題でなくなるように感じる。

 

3.私の罪悪感の場合

 

さて、私自身も大量の罪悪感を抱えてきたし、もちろん今も抱えている。

 

ようやく最近になってそれを自覚できるようになったのだが、私の場合の罪悪感は、先に述べた本書の7つの分類に従うならば、「3.何もしていない/見捨ててしまった」罪悪感であるように思う。

 

何度かここでも書いているが、私は二十歳過ぎに両輪を立て続けに、突然亡くした。

 

父親が病気で突然亡くなってから1年ほど経って、母親もまた突然不幸な亡くなり方をした。

 

当時、私は学生で、実家を出ていて下宿していた。

 

父が亡くなってから、実家で一人暮らす母親の寂しさは容易に想像できたのだが、私は下宿先で学生を続け、翌年に就職活動を始めていた。

 

幸運にも地元の企業に就職が決まり、卒業後は母親と暮らすことにしていたが、私が帰る直前に、残念ながら母親をも亡くした。

 

遺された手帳に綴られていた、母親の寂しさ、心の闇を読むたびに、私の胸は痛んだ。

 

おそらくは、罪悪感を募らせていったのだろう。

 

就職が決まったのだったら、もっと帰省しておけばよかった。

親孝行の一つでもしてあげればよかった。

寂しいはずの母親を、ずっと独りにしてしまっていた。

私は自分の事しか考えていなかった…

 

そして私はハードワークに走り、孤独感を募らせ、さまざまな問題を抱えることになる。

 

その罪悪感に気付くまでに、15年以上もかかってしまった。

 

まだその大容量の罪悪感を癒す途上であるし、本書に書かれている「罪悪感の具体的な癒し方」を一つずつ実践していこうと思う。

 

けれども本書を読んで、改めて思う。

 

それは、愛を思い出すための旅路だったのかもしれない、と。

 

罪悪感は愛の量に比例するのです。

だから、なにかに対して強い罪悪感を覚えるとき、その裏側にはそれと同じくらい強い愛があると考えられるのです。

 

本書 p.120.121

 

4.愛するということ

 

本書はタイトルの通り「罪悪感」について書かれた本であるが、実は「愛について」書かれた本であると、読み終えて感じる。

 

罪悪感の量と愛の深さが比例するのであれば、それはあたりまえのことなのだろうけれども。

 

私たちはパートナー、親、子ども、さまざまな「愛」について日々頭を悩ませる。

 

もしも、そうした「愛」について深く知りたいと思うのであれば、その裏側にある「罪悪感」についても知っておくべきであるように思う。

 

そして、知った後には、無理に否定してなくそうとしなくてもいいのだ。

 

著者の言葉を借りるのであれば、

 

「罪悪感があろうが、なかろうが、あなたは今、そのままでしあわせになれる」

 

本書 p.266

 

のだから。

 

自分を傷つけてしまうほどの強い罪悪感。

 

それは同時に、それだけ深い、素晴らしい愛情があるということの裏返しでもある。

 

それに気づきましょう、ということが、著者の伝えたかったメッセージなのではないかと思う。

 

冒頭で挙げたフロムは、その「愛するということ」の中で「愛は技術である」と述べている。

 

愛することをやめてしまうことはできない以上、愛の失敗を克服する適切な方法は一つしかない。失敗の原因を調べ、そこからすすんで愛の意味を学ぶことである。

そのための第一歩は、生きることが技術であるのと同じく、愛は技術であると知ることである。

 

エーリッヒ・フロム「愛するこということ」 p.17

 

この「技術」を「罪悪感」に置き換えてみたくなる、そんな「愛」についての一冊だった。

 

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