「なんかダルいです」
「そりゃ、こんだけ真夏みたいに暑かったり、雨降って肌寒かったり、気圧が下がったり、環境が変わり過ぎたら、ダルくもなるよね」
「ええ、アタシなんて昨日うっかり窓を全開にして寝たら、明け方寒くて起きちゃったし」
「分かる。寝るときは厚いんだけどねぇ。想像以上に、身体って気温とかの変化に慣れるのにエネルギー使ってる気がするから、意識的に休むって大事だよ、ほんと」
「言ってることがおじいちゃんみたいですけど、なんか分からなくもないです」
「いや、自分の身体と対話しながら暮らすって、年を経てようやく分かる感覚のような気もするわ。まあ身体に限らず、心や感情もそうだけど」
「そんなもんスかね」
「そんなもんだと思うよ」
「でも休むっていうと、寝る以外に何かあります?」
「そうだなぁ、やっぱり食べることに気をつけること、かなぁ。食べ過ぎ、飲み過ぎを控えて、消化のいいものを食べるとか?」
「あぁ、そうですよね…でも、食べちゃうんですよね」
「分かる。自炊とかしてんの?」
「しようとは思うんですけど、続かないんですよね。冷蔵庫を開けるたびに、日曜日に買ったキャベツがしなびていくのを見ては『そっ閉じ』しちゃうんです」
「あぁ、なるなる。下宿してたとき、『自炊するぞ!』って気合い入れて食材買うんだけど、三日目とかにラーメン食べて帰っちゃうと、そこで終了しちゃうんだよね。しかも、そういうときに限って、お誘いが多かったり」
「あー、やっぱりみんなそうなんですね。そして、あの変色していく寂しそうなキャベツを見てると、罪悪感を覚えちゃうんですよね…」
「ごめんね、って思いながらも、毎日覗いてしまう、みたいな」
「アハハ、そうそう」
「でもまだ冷蔵庫だからいいけど、昔、同じように下宿していた友人は、炊飯器でそれをやってたからな…途中から封印して『開かずのジャー』になってたが」
「サイアク。ほんと、男の人の一人暮らしって魔境ですね」
「いや、その友人は女だったぞ」
「は?もっとサイアク」
「ああ、否定はしない」
「それより、どうしたら自炊が続けられるようになりますかね?」
「うーん、なかなか難しい質問だな」
「なんか、何度もやろうと思うんですけど、結局続かないんですよね。キャベツさんに申し訳なくて」
「まあ、王道の考え方は、『自炊をやめちゃうメリットって何だろう?』って考えて、そのメリットを本当に手放したいかどうか、内省してみるってとこかな」
「え?『自炊をやめちゃうメリット』?アタシ、自炊したいですよ、外で食べると高いし」
「たしかに。けど、自炊しないことのメリットも、必ずあるはずなんだよね。献立を考えなくていい、誰かと外食できる、自炊する時間に何か別のことができる…とか」
「あー、たしかに」
「自炊に限らない話だけどね。『ランニングが続かない』、『彼女ができない』、『お金がない』…そのメリットって何だろう?って考えてみると、それを自分が選んでいるのかもしれないって捉えることができるかもしれない。そうすると、違う選択もできるかもしれないよね、って」
「自炊できないんじゃなくて、自分が自炊しないことを選んでる…」
「そうそう、捉え方、考え方一つで、世界は変わる」
「選んでるんですかね?なんかそう言われても、モヤモヤします」
「モヤモヤするってことは、自分の価値観の外にあるものからかもしれない。違和感って大事で、自分の外側にあるから違和感を覚えるわけで」
「ふーん、そんなもんですかね」
「で、いまの自分を変えようと思うなら、いままでの自分の見てきたものの中よりも、自分の外側の方にヒントがあると思うんだよね」
「外側、かぁ」
「あと、身もフタもない話をしてしまうと、『自炊を続ける秘訣は、自炊をすること』って禅問答的な答えもあるよね」
「えー、答えになってないじゃないですか」
「やる気を生み出す場所と言われるのは、脳の『側坐核』と呼ばれる場所なのね。そこに刺激が与えられると、やる気が生み出されるらしんだけど、その刺激って何かをやることで与えられるらしいの。ということは、やる気を出すためには『それをやりはじめる』しかないということらしいのよ」
「なんでオネエ口調」
「うるさいわよ。『何かをしようと考えて、何か行動をする』んじゃなくて、『何か行動をするから、結果として何かができる』ってことで、思考よりも行動が先っていう、一つの真理なんだろうな、と思うわけよ」
「えー、なんかヤヤコシイ」
「そうか、ごめんなさいね。えっとね、
何か夢があるから動くんじゃなくて、
まず動いてみるとやりたい夢が出てきたり、
書きたいことがあってブログを書くんじゃなくて、
まずブログを書き始めてみると書きたいことがでてきたり、
とっても素敵な人が現れるから愛を与えられるんじゃなくて、
愛を与えるからとっても素敵な人が現れたり、
そんな感じよ。原因と結果は、往々にしてそう見えることと逆が真実なのかもしれない」
「へー、そうなんですか」
「自炊をしようと思うからキャベツを切り始めるんじゃなくて、とりあえずキャベツを切り始めるから、自炊が始まるわけよ」
「なんかうまくダマされてる気もするけど、そんなもんなんですかね」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でも、そう考えた方が、今晩キャベツを切り始められる気がしない?」
「たしかに。でも、今日は金曜日なので飲みに行きます」
「さんざん自炊の話させとして、結局飲みに行くんかい」