大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

傷を癒すものとは、何なのか。

kappou-oosaki.hatenablog.jp

 

昨日のこちらのエントリーに、「傷を癒すものとは、なんなのか」という質問をいただいたので、今日はそれについて書いてみようと思う。

 

結論を先に書くなら、やはり「感情を感じること」に尽きるのだと感じる。

 

 

昨日のエントリーで、「愛する」という難しさが「過去に受けた傷」からきていると書いた。

 

「愛する」ということは、愛されなかった、尊重されなかった、必要とされなかった、ないがしろにされた・・・という過去の傷に触れるから、無意識的にブレーキを踏んでしまう。

 

パートナーとの関係であれば、過去のパートナーから愛されなかったという傷の痛み。 

親子関係であれば、自分の母親・父親から大切にされなかった、必要としていた愛を与えられなかったという傷の痛み。

 

愛するということは、時にその傷に触れることになる。

 

これは相手との関係性が近くなるにしたがって、深くコアな傷が疼くのだ。

 

ある程度距離のある同僚や友人には、素直に自分の気持ちや想いを伝えられても、祖父母やきょうだい、父親、母親、パートナーや子どもと関係性が近くなるほどに、素直に伝えられないばかりか、相手からの愛も素直に受け取れなくなる。

 

私自身の話をするならば、両親との突然の別離を立て続けに経験して、「親しい人は、突然私のもとからいなくなる」という傷を負った。

 

それによって、心理的にある程度距離のある同僚や友人との関係は問題なく付き合えるのだが、そこから距離が近づくにしたがって、心の壁をつくってしまうのだ。

 

そうした傷が生み出す心の作用に気づくのに15,6年もかかったわけだが、それだけ深く傷ついていたとも言える。

 

 

自分の抱えている傷を自覚したときから、癒しは始まる。

 

得難い人との縁があったりもしてきた中で、何をしてきたのかなぁ、といま振り返ってみると、それは「感情を感じる」ということに尽きるように思う。

 

多くの場合、心の傷に蓋をしていると、何らかの感情を「切る」ことになる。

 

あまりにショックなことや、自分にとって悲しいこと、悔しいことがあると、人の心は感情を感じる許容量を超えないように、ブレーカーを飛ばすように感情を切る。

 

私の場合で言えば、「突然両親がいなくなって悲しい、寂しい」という感情がオーバーフローしないように、その感情を切るわけだ。

 

ただ、これは人の心の非常に興味深い部分なのだが、「悲しい」「寂しい」といったネガティブな感情だけを切ることはできないようなのだ。

 

ネガティブな感情を切ると、同時にその対になる「嬉しい」「楽しい」といったポジティブな感情も徐々に感じられなくなってくる。

 

そうしていくうちに、時間を重ねるごとに外の世界に対して無感動、無関心になっていく。

 

何を見ても心が動くことはなく、徐々に徐々に心は死んでいく。

 

目の前に広がるのはモノトーンの世界で、淡々と一日を黒く塗りつぶすだけの毎日がどこまでも続くようになる。

 

 

そのどこまでも続く無機質な偽りの道を壊すには、封じ込めてしまった感情を感じることが鍵になる。

 

心の世界では「時間」という概念がないらしく、そのとき感じられなかった感情は、時間が経ったとしても、感じ尽くすことができる。

 

逆に言えば、未消化の感情は感じ尽さない限り、いつまでも心の奥底でくすぶり続け、やがて腐臭を放つようになり、先に述べたような「心の傷」として対人関係に大きな影響を及ぼすようになる、ということでもある。

 

過去に傷ついて痛かった思い。

ひとりぼっちになって寂しかった思い。

誰かに裏切られて呆然とした思い。

愛されなかったという悲しい思い。

 

そうした感情を感じ尽くすことができると、それは昇華していき、ポジティブな感情も感じられるようになる。

 

ひどく傷ついて痛かったけど、いまこの瞬間は大丈夫なんだ。

ひとりぼっちになったと思っていたけど、そっと見守ってくれていた人がいた。

裏切られたと思ったけど、その人もまた傷ついていたんだ。

愛されなかったと思い込んでいたけど、実は彼なりに深く愛してくれていたのかもしれない・・・そんなふうに。

 

これが、「傷を癒す」ということなのだと思うのだ。

 

 

さて、ではその「過去の封じ込めてしまった感情を感じる」ためには、どうしたらいいのだろうか?

 

それは、逆説的なのだが「いま」の感情に答えがある。

 

「過去」に消化し切れなかったけれど、「いま」消化できるようになった感情は、灰汁のように出てくるのだ。

 

だから、子どもに対してうまく愛情を伝えられないときの胸の痛み、パートナーに理解されないと感じるときのどうしようもない寂しさ、こうした感情を無視することなく、ゆっくりと、丁寧にすくってみるのだ。

 

それは、過去の何らかの痛みや傷とつながっている。

 

効果的なのは、ノートにいまの感情を書き出すこと。

 

ノートに書くと、感情が表に出てきやすい。

 

いまも私はそれをして、感情を感じてみることをよくやる。

 

もちろん、渦中はしんどい。

 

けれど、それには必ず終わりがやってきて、「ほっ」と何かが抜けるときがくる。

 

心が、軽くなる。

 

世界に、色が戻ってくる。

 

それが、「傷を癒す」ということなのではないかと、いま私は思う。

 

 

「傷を癒す」とは、「感情を感じる」こと。

 

質問にお答えする中で、私の中でも整理ができたように思います。

 

また、他にご質問などございましたら、コメント欄か下記連絡先までお願いいたします。 

  

ご質問いただき、ありがとうございました。

 

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