ときに春は、人の心の奥底に沈んだ思い出を、灰汁のように浮かび上がらせる。
半崎美子さんの「お弁当ばこのうら」を朝の車の中で聴きながら、もの思いにふける。
あなたの好きなものばかり
入れられないのよ 許してね
体のことも考えて作っているのよ
二十数年前の、私の母もそうだったのだろうか。
時にイナゴの佃煮が大量に入っていたことも、今となっては懐かしく感謝しかない。
いまは亡き父と母との縁もそうだが、人の縁にはタイミングがあり、いまの関係が全てではないように思う。
往く川の流れのように、交わり、分かれ、寄り添い、離れ、また交わることを繰り返していく。
ただ、
すべての川の流れつく先が大海であるように、
最後にはどこかでつながっていると、私には感じられるのだ。