大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

サイモン&ガーファンクル「明日に架ける橋」に寄せて

どうしようもなく悲しいとき、

人生の困難に直面したとき、

出口のない迷路に迷い込んだとき、

 

人を慰め、励まし、元気づけてくれるものがある。

 

それは、昔の写真の笑顔だったり、美しい詩集であったり、はっと目に留まった風景であったり、仲間との会話であったり、応援している選手の活躍する姿だったり、

人によってさまざまだ。

 

けれども、ほんとうに辛いときや、しんどいとき、

最後に人を慰めてくれるのは音楽のような気がする。

 

目で何かを認識する文学や絵画、舌の上を転がるような美食、鼻腔をくすぐる花の香り、肌の質感を味わう官能・・・そのどれもが、能動的な喜びのように思う。

 

しかし、何かを聴く、ということは受動的のように思える。

 

意識して文字を追ったり、美食のメニューや場所を考えたり、香りの根っこを探しに行ったり、肌を合わせる相手のことを考えたり・・・そうした主体的な行動で得られる喜びや励ましと、音楽は少しだけ違う気がするのだ。

 

音楽は「時間の芸術」と呼ばれるように、

ただ身体を横たえて、受動的にその音色の流れに身を寄せることができる。

 

それは、目を閉じたくなるほど、何も話したくないほど、この身体を1ミリも動かしたくないほど、傷ついた心と身体にとって、なによりもありがたいことなのだと思うのだ。

 

 

そんな、つらいときに聴きたい音楽。

 

サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋」は、

私にとってその代表格だ。

 

www.youtube.com

 

リリースは1970年。

私はまだ生まれてもいない時代の、名曲中の名曲。

 

原題は「Bridge over Troubled Water」なのだが、この「明日に架ける橋」という邦題を付けた訳者は天才だと思う。

 

静寂の暗闇から右手の中指を伸ばして、何かを探すような歌い出し。

そこにあるのは、静かに沈んだ、しかしどうしようもなく重い、痛み。

 

When you're weary, feeling small
When tears are in your eyes,
I will dry them all

 

  あなたが疲れ果て、自分のことを矮小に感じて
  涙を浮かべていたら、
  わたしがその涙を拭いてあげよう

 

沈んだ心をアート・ガーファンクルの人ではないもののような、やさしい音色をした歌声が、切々を人々の寂しさ、辛さ、困難を歌い上げる。

 

そのやさしい音色は、しかし確信をもって語りかける。

あなたを必ず助けよう、と。

 

I'm on your side
When times get rough
And friends just can't be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

 

  わたしは、いつもあなたのそばにいる

  辛いとき、友達も見つからないとき

  激流の上に架ける橋のように、

  わたしはこの身をあなたの前に差し出そう

  激流の上に架ける橋のように、

  わたしはこの身をあなたの前に差し出そう

 

「明日に架ける橋」が、閉じたまぶたの裏に見えてきそうになる。

そのリアリティを支えるのが、ポール・サイモンのバックコーラス。

 

歌声でこの曲の緊張感と盛り上げ方は、神がかっている。

 

やがて歌声は収縮し、再び静かに傷んだ心に寄り添う。

 

When you're down and out
When you're on the street
When evening falls so hard
I will comfort you

 

  あなたが挫折したり、希望を失ったりして

  街をさまよい

  夕暮れがそんなにも辛く寂しく感じるときは

  わたしがあなたを慰めよう

 

I'll take your part
When darkness comes
And pain is all around

 

  夜の帳が降り、痛みがそこかしこにあらわれても

  わたしはあなたの味方でいる

 

Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

 

  激流の上に架ける橋のように、

  わたしはこの身をあなたの前に差し出そう

  激流の上に架ける橋のように、

  わたしはこの身をあなたの前に差し出そう

 

やがて音楽は終局に向かい、大きな転換を迎える。

ちょうどその「明日に架ける橋」を渡る中間のように、どちらつかずの不安定な状態になりながらも、ガーファンクルの声は明確な意思を指し示す。

 

Sail on silver girl
Sail on by

  

  漕ぎ続けるんだ、

  前に前に向かって漕ぎ続けるんだ

 

Your time has come to shine
All your dreams are on their way
See how they shine

 

  あなたが輝くときがやってきたんだ

  その道は、あなたの夢が叶うところ

  みんながどんなに輝いているのか、見てほしいんだ

 

If you need a friend
I'm sailing right behind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind

 

  もしあなたが友が必要ならば、

  わたしはあなたの真後ろをついていく

  激流の上に架ける橋のように、

  わたしはあなたの心を安らかにしよう

  激流の上に架ける橋のように、

  わたしはあなたの心を安らかにしよう

 

 

どこまでもまっすぐ、あなたの心に寄り添おうと歌い上げるガーファンクルの歌声。

それに呼応して、歩みをともにするサイモンのコーラス。

 

もう、これ以上のものは作れない。

 

この曲を最後に、彼らが解散したのも頷けるような、

そんな珠玉の名曲。

 

どれだけこの曲に救われた時間があったか、分からない。

 

 

いまこうして書いていて、少し思うことがある。

いったいこの曲を書いたサイモンは、誰に向かって書いたのだろうか。

 

かけがえのないパートナーだろうか。

愛する子どもだろうか。

それとも、大切な友人だろうか。

 

そのどれでも説得力がある気はするし、聴く人の数だけ正解があるのだろう。

 

けれども、いま私が聴いていて感じるのは、

 

自分自身に向けて

 

というのが、最も心の琴線に触れる。

 

どんなに傷ついて苦しくて辛くても、

わたしだけは、わたし自身を裏切らない。

 

「明日に架ける橋」のように、

この身を横たえてでも、わたし自身に寄り添っていく。

 

悲しみも痛みも、どこまでもわたしのもの。

そのままに感じることができれば、それは昇華していく。

 

どれだけ痛く悲しく辛くても、

わたしがいつまでも一緒にいるから、だいじょうぶ。

 

わたしの最高の味方は、いつでもすぐそばにいる。

 

 

彼らがそんなふうに歌っていると思うと、

何とも勇気をもらえるのである。

 

わたしがわたし自身の味方だったなら、

どんな困難も悲しみも、きっと感じ尽すことができる。

 

そんな気がするのだ。

 

やはり、音楽はいい。

 

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