大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

「何を信じるか」というのは人生の前提をつくり、それは選べる。

「何を信じるか」ということは、その人の人生の前提をつくる。

 

大切なのは、何度でもそれは選び直すことができるということ。

 

 

「信じる」というと大げさに聞こえるけれど、それこそ人は自分の信じる前提の中で生きていると言っていい。

 

それは、宗教のような世界観を形成するものもそうだし、

夜眠るときに、朝になれば目が覚めると信じているだろうし、

または私の大切な人は、突然いなくなってしまうという思いこみ、

はたまたお金は怖いもの、という前提を信じる人もいる。

 

そう考えると、そうした信じているものは無数にあって、私たちが気づいているものもあれば、無意識に刷り込まれたものもあるのかもしれない。

 

そしてその無数の「信じている」ことによって、その人の人生の舵が切られていく。

 

「私には愛される価値などない」と信じれば、

その人の船は寂しい枯れた世界に向けて舵を切っていくだろうし、

 

「周りの人は私が大好きで仕方ない」と信じれば、

その人のほのか船はほのかに暖かい世界に進路を取るだろう。

 

ただ、大切なのは、それは「選べる」ということ。

何度でも、選び直すことができる、ということ。

 

そして、自分の信じている前提は、自分の周りの他人が教えてくれる。

 

よくも悪くも、目に映る世界は自分の信じている前提の寸分違わぬ「影」だから。

 

その「影」の形を変えようとするなら、

自分の信じている前提を変えるしかない。

 

それは、大きな船の舵を切りなおすときように、すぐには方向転換できないかもしれない。

 

けれども、何度でも舵は切りなおすことができる。

 

その前提は、何度でも選び直すことができる。

 

 

昨日は満月の一歩手前の「小望月」。

今晩になれば「十五夜」の満月になると信じるのも、一つの思い込みなのだろう。

 

それは、世界は美しい、と信じているということなのかもしれない。

 

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