「犠牲」をしてしまうのは、無価値感ゆえに、自分に役割が必要になるからです。その奥底には、なにか大切なものをなくした喪失感があるものです。
文筆家・心理カウンセラーの大嵜直人のブログにお越しいただき、誠にありがとうございます。4月度の個人カウンセリングを募集いたします。あなたさまのお話をお伺いできますことを、心より楽しみにしております!
与えたい人や、他人の心情を推し量れる人ほど、自分よりも周りの人を優先してしまうものですが、それは「犠牲」になりしんどくなってしまうものです。誰かを大切にしたいなら、まず自分を大切にすることが必要です。
加害者と被害者は、立場を入れ替えながら癒着しやすいものです。そんな負の連鎖の心理と、その抜け出し方について、お伝えします。
欲しくても与えられなかったものは、自分が自分に与えていないものです。それはまた、誰かに与えられるものでもあります。そんな不思議なテーマをお伝えします。
今日は、春分の日ですね。私の住んでいる名古屋では、冷たい雨の日でした。分厚い雲の向こう側の、お日さまを想像しながら。そんな、春分の日でした。
自分とつながると、外側の現実の事象が変わる。よく言われることですが、なぜそれが起こるのかを、いろんな視点から説明してみたいと思います。
欲しかった形で愛を与えられなかった。そんな経験があったとき、それを解釈する2つの視点をご紹介します。
私の大好きな木蓮も木も、その花を見事に咲かせていました。ほんの数週間前は、固い蕾に覆われていた無数のそれは、いま白き炎のようになり、冬の暗がりを照らしているようです。
受けとれる愛の総量が増えることは、私たちの生を豊かに、そして実り多きものにしてくれます。そうるためには、愛についての観念を手放していくことが大切です。
自己受容の原則は、いま、ここにいる自分を受け入れることです。しかし私たちは、自分を受け入れることに、何らかの条件をつけてしまいがちです。自分の設定したその条件を知り、それをゆるめていくことが自己受容には大切なようです。
自分を愛する根拠を、私たちは自分以外に求めてしまうものです。なぜそうなってしまうのかという心理と、軸を自分に取り戻していくための考え方について、お伝えします。
「自立」の状態では、主導権は持っているものの、その行動原理は他人の評価や顔色だったりします。この他人軸を手放していくためには、「わたし」を主語にすることがとても有効です。
感情を抑圧していると、さまざまな不都合が生じるものです。この感情を抑圧することと、似て非なるものに、感情を我慢することがあります。その違いについて、考えてみたいと思います。
「自立」の側にいると、罪悪感を感じやすいものです。それを癒すのは、「よくここまでこれましたね」という、自分への労わりです。
弥生という言葉には、似つかわしくない寒の戻り。そんな3月のはじめ、バンテリンドームへ野球観戦に行ってきました。
「自立」的な人のなかにも、他人への依存心はあるものです。それを自分で認め、受け入れることができるといいのですが、それを無視していると、「自立の自立」と呼ばれる状態になってしまったりします。
「自立」の状態にいる人は、根源的な依存心を隠しています。それゆえに、「自立」をやめられなかったりするのですが、そんな依存心との向き合い方について、お伝えします。
お互いが「自立」し過ぎると、主導権争いが起こります。主導権争いが起こるプロセスと、その抜け出し方について、お伝えします。
「依存」と「自立」の関係性が入れ替わるタイミングがあります。それは、相手との関係性に危機が訪れるタイミングでもあり、またお互いへの理解を深め、より深い関係性になれるチャンスでもあります。それを決めるのは、自分自身です。
人の心の成長プロセスに、「依存」から「自立」、そして「相互依存」というステージがあります。この「相互依存」とは、シーソーでバランスを取るようなイメージに似ています。
私が心理学・カウンセリングを学んだ根本裕幸師匠のお弟子のみなさまが、モニターを募集されています!さまざまなジャンルを扱っておられる方がいらっしゃいますので、ぜひぜひ一度のぞいてみてください!
風があたたさを含むようになったと思ったら、また寒風が吹く。それを繰り返しながら、春は訪れるようです。そんな、弥生のはじめ、熱田神宮を参拝することができました。
誰かのために、人のために。与えたい。そんな想いを持っておられるあなたには、ぜひ根本師匠の「お弟子さん制度」をおすすめします。
人はなぜ「依存」から「自立」するのかについて、考えてみます。「依存」時代に満たされない想いがあったから、というのが第一に考えられますが、もう少し深めると、愛するために人は「自立」するという見方もできそうです。
「自立」するほどに、私たちはやるべきことが増え、忙しくなり、感情を感じづらくなります。その根本には、「依存」時代の未完了の感情があるのですが、それは「自立」の先へ至るカギになるものです。
たとえ、あなたがいま燃え尽きたように感じていたとしても。たとえ、あなたが受け止められないような悲劇に出会ったとしても。それを糧にして、希望を抱くことができる日が、必ずやってきます。
「燃え尽き」の状態になると、もう何もかもが終わったように感じるものです。しかし、終わりとはじまりは同じ場所にあるようです。燃え尽きたとしても、何度でも心はよみがえります。
空を見上げること。何かを見上げること。それは、降り続く雨の日々にあっても、大切なことのようです。私たちを自然に笑顔にしてくれるようですから。
3月度の個人カウンセリングを募集いたします。あなたさまのお話をお伺いできますことを、心より楽しみにしております!