大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

追憶

fireworks.

ひらひらした持ち手の赤色の部分を持つ感触が、久しぶりだった。 風が吹けばどこかへ飛んでいきそうな、軽い感触。 逆側にある先端の、火を点ける部分のふくらみを見ると、いつも蜂のお腹のようだと思う。 ジジジ、と音がしてロウソクの火が赤い穂先に燃え移…

過ぎゆく夏を惜しむ。

久しぶりに通る街道は、お盆のせいか以前の記憶よりも空いていた。 どうもお盆という時期は、夏の「終わりの始まり」と重なるせいか、感傷的になってしまう。 目印となる建物もあるけれど、ここは通るたびに、少しずつ建物が変わっているように感じる。 され…

感情が眠る場所。

感じきれなかった感情は、心の奥底で感じられるのを待ちながら、眠っているという。 その場所は、ふだんは閉じられている心の深い場所なのだろうけれど、それは物理的な場所の場合もあるように思う。 忘れられたその感情は、静かにその場所でひっそりと、来…

誕生日は、与える日。

今日は、私の39回目の誕生日でした。 SNSやレターポット、手紙を通じて、たくさんのお祝いのメッセージを頂きました。 ありがとうございました。 = 昔から、私にとって誕生日というのは面はゆく、いくぶんかの恥ずかしさと、そして若干の拗ねたような…

蝉の声、故人の声。

亡くなった人のことを思い出すことがある。 それは故人との思い出の写真を眺めていたり、 在りし日に一緒に来た場所を訪れたり、 区切りの命日が巡ってきたり、 そんな分かりやすいシチュエーションではなく、ふと、何の脈絡もなしに。 そういったときほど、…

誰かにしてほしかったことは、誰かにしてあげるといいこと。

スマートフォンから鳴る目覚まし音が、ずいぶんと続いてから、ようやく眼が覚めた。 深い眠りのところで、セットした時間になったようだった。 昨晩はめずらしく出かけていたので、眠るのが遅かった。 さすがに寝不足か、身体の重さを感じたが、隣で寝ている…

ディープインパクトの死に想うこと。

ディープインパクトの訃報を聞いたのは、昼過ぎだった。 説明不要の名馬であり、オグリキャップ以来といえる社会現象を巻き起こした名馬の訃報。 史上2頭目の無敗の三冠馬、史上最多に並ぶGⅠ・7勝、当然ながら顕彰馬の栄誉に浴し、種牡馬としても偉大なる…

とてもしあわせな夢を見た気がした。

とてもしあわせな夢を見た気がした。 まどろみの中から出たのか、それとも夢うつつの中にいたのか、判然としなかった。 けれど、なにかしあわせな満たされた感覚だけは確かなようだった。 それをしようとしたわけでもないが、ぼんやりと開いた目は、まだ薄暗…

才能とは、絶望しないこと。

蝉というのは、私にとって特別な存在の一つだ。 幼き日々、どうやら寂しさを両手いっぱいに抱えていた小さな私は、いつも一人、近所の市民会館の横の小さな公園で虫捕りに勤しんでいた。 あれも、うだるような日差しの夏休みだったように思う。 共働きの父と…

運動会に感じた違和感と、その正体について。

5月の終わりに、息子と娘の運動会があった。 今年の5月は、梅雨入り前とは思えぬ強い陽射しの日が続いていた。 そのうだるような快晴の下、初めて体験する小学校の運動会。 私の頃は、10月ごろの開催と相場が決まっており、夏休み明けの厳しい残暑の中で…

捕っては投げ、投げては捕って。

仕事終わりに、キャッチボールを。 ソフトボールはこんなにも大きかったのかと思う。 捕っては投げ、投げては捕って。 投げては捕って、捕っては投げて。 パシン パシン 繰り返される心地よい音と、時折しびれるような左手の痛み。 繰り返すうちに、無心にな…

写真が嫌いだった、あの頃。

写真が嫌いになったのは、いつからだったのだろうと思う。 幼い頃の写真が数えるほどしか残っていないのは、私が三番目の子どもだったからなのか、それとも実家を整理したときに失われたからなのか、いまとなっては分からない。 「撮られる」側から、自分で…

母の日百景。

「母の日」というプロモーションは、ダイレクトメールの類いでは使えないんだ、と前に仕事でつながりのあった宣伝部の友人が言っていた。 新聞や雑誌広告、駅中のポスターなどの不特定多数の人の目に留まる「一般広告」にはもちろん使えるのだが、個別の顧客…

クリスタルボウルの音色との再会と、309号線の追憶。

理加さんが最後に演奏して頂いたのは、「夕陽」という曲だった。 沖縄の海に沈む夕陽の美しさをイメージして、作曲されたとお話しされた。 会場の床に座り、目を閉じた。 ひとつめの音が、鳴る。 その音色に、世界の色が変わった。 二つ目の音が、重なる。 …

「昭和の日」に父を想うこと。

球春という言葉がよく似合うナゴヤ球場で、幼い自分と再会したその日。 kappou-oosaki.hatenablog.jp なぜか感情が荒れた。 寂しさ、悔しさ、怒り、優越感、劣等感、競争心、悲しさ…いろんな感情が噴き出た。 感情は、幼子と同じだ。 それを抑えつけようとす…

音の記憶、愛された記憶 ~20年ぶり以上のナゴヤ球場 再訪記

「鍵、預からせてもらえるかな」 駐車場所を案内してくれたオヤジさんは、さも当たり前のように話してきた。 ナゴヤ球場開催日にのみ営業してそうな、民間の駐車場貸し。 限られたスペースを最大限利用するための縦列駐車につき、後ろの車が出庫するときに必…

小さな自分とキャッチボールをして寂しさが癒された春の日。

朝から少し雲が出ていたが、雲の合間からは日差しが覗いている。 手帳を見ていると、万物清らかな「清明」から、穀物に実りの雨をもたらす「穀雨」に節気は移っていることに気づく。 少し前まで冬物のコートを着込むほどに冷え込んでいたのに、季節が変わる…

生きるとは、愛を思い出す旅。

朝から気持ちよく晴れた春の日。 気持ちよく晴れ過ぎて花粉が絶好調のようで、寝起きからくしゃみが止まらない。 息子と娘の入学式だった。 桜も今年はのんびりとしてくれて、息子の希望通りに入学式の日まで、その花を散らさずに保ってくれた。 ランドセル…

世の中に たえて桜の なかりせば

決めていたわけでもないが、週末にまた晴れたので誘われるように近所の公園に花見に訪れた。 公園までの道のりでも、いたるところで桜の木の下でレジャーシートを広げ、花見をしている方たちが見えた。 春麗。 うららかな、春。 そんな言葉が思い浮かぶ。 先…

ぼんぼりが朱く染める桜を眺めながら、どうでもいいような過去を想い出す夜

近所の川沿いの桜並木に、ぼんぼりが設置されていた。 その灯りが照らす桜を見たくなって、日が暮れてから川沿いを歩いた。 久しぶりに眺める、夜桜だった。 まるで冬に逆戻りしそうな、ここのところの寒さのせいか、 あるいは、遅い時間のせいか、 桜並木は…

眠れぬ夜に「かなしさ」と「いとしさ」について想うこと。

美しさが、残酷さや卑猥さの際にあるように、 愛しさとは、悲しさの際にあるのかもしれない。 = ぼんやりと目が覚めると午前1時過ぎだった。 日付は4月1日に変わった。 会社や学校といった多くの組織で新年度になり、いろんなことが変わる日。 まして、…

いつか見た夢。

虹の足元を見た日の翌日。 kappou-oosaki.hatenablog.jp 旅行疲れなのか、なにがしか感情が動いたのか、強い眠気を覚える。 その眠い頭を動かしながら、日常に戻っていたのだが、なぜか「夢」という言葉が、頭に残っていた。 「夢」とは何だろう。 遠くにあ…

2月終わりの雨と、鉄錆のすえた匂いに。

気づけばもう2月も終わりだった。 もう週末には春の訪れを告げるクラシックトライアル、チューリップ賞と弥生賞が控えている。 しばらく暖かい日が続いていたが、朝から冷たい雨が梅の花を濡らしていた。 三寒四温。 寒くなったり暖かくなったりしながら、…

よく晴れたあの空へ、悲しみを。あの日と同じ色をした空に。

根本理加さんのブログでご紹介をいただきました。 ステキな言葉の数々、ありがとうございます。 ameblo.jp すごく癒されました そう仰っていただいてますが、逆に癒されたのは書いた私の方で。 書くことは、私にとって生きること、そして癒しのようです。 =…

北の星空に響く美しきあの音色を想うこと。

ameblo.jp その写真を見たときに、私の中で何かが壊れた気がした。 涙が流れる。 人に見られない場所に隠れてひとしきり泣いたあとに、私はその音色に想いを寄せた。 名古屋と比べるには、あまりにも涼しい7月の北の大地。 その空の下のピラミッドで聴いた…

親の心が、プロジェクター。その内面を、子どもという真っ白なスクリーンに映し出す。

親の心が、プロジェクター。 その心の中で輝いている「光」や、あるいは蓋をしてなかったことにしている「闇」が、子どもという真っ白なスクリーンに鮮やかに拡大して映し出される。 驚くべきことに、親がしたかったこと、言いたかったこと、我慢していたこ…

さびしさこそ、わがライフワーク。

ときに春は、人の心の奥底に沈んだ思い出を、灰汁のように浮かび上がらせる。 半崎美子さんの「お弁当ばこのうら」を朝の車の中で聴きながら、もの思いにふける。 www.youtube.com あなたの好きなものばかり 入れられないのよ 許してね 体のことも考えて作っ…

故人を想う、ということについて。

徹夜明けは眠りの質が浅い。 学生時代に麻雀牌に遊んでもらったときから、そうだった。 歳を重ねてもそれは変わらないようで、何日かの仮眠を経て久しぶりに自宅の床で横になれたが、真っ暗な中で目が覚める。 午前4時。目の慣れぬ暗闇。眠っていない感覚。…

父の愛した電車と、母の愛した高校と。

昨日の雪空とはうって変わって、抜けるような青空だった。 けれど冬将軍は居座ったままのようで、 風は冷たく鼻腔を刺激する。 菩提寺まで、自宅から車で小一時間。 5時から活動していた子どもたちは、 5分で眠りに落ちた。 八事の山を越えて、 栄の100…

いびつな器を愛でるように、いびつな自分を。

先日、作陶体験をした愛知県陶磁美術館を再訪した。 その際のエントリーはこちら。 kappou-oosaki.hatenablog.jp あれから1ヶ月、焼きあがった陶器を引き取りに訪れたのだ。 その際につくった作品がこちら。 お茶碗と小鉢を作ったつもりだったのだが、はた…