大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

追憶

いつか歩いた境内に。 ~愛知県津島市「津島神社」訪問記

よく晴れた秋晴れの日、愛知県津島市の津島神社を訪れた。 かつて、生を受け、高校を卒業するまで暮らした、津島市。 その氏神様を、久しぶりに訪れることができた。 かつて、この近くに父方の祖父の自宅兼工場があった。 町工場の鉄工所を営んでいた祖父の…

「くるくる」と、いつかの後部座席の揺れについて。

急な所用ができて飛び乗った社用車は、普段あまり乗っていなかった軽自動車だった。 けれど、どこか、懐かしい気がした。 9月に入って、曇り空と癇癪のように降る雨の日が増えた。 その日もまた、分厚い雲が空を覆っていた。 エンジンをかけ、車を出す。 あ…

眠り、愛、悩み、肩甲骨。

「おとう、トントンして」 めずらしく一緒に寝る、と言って隣にきた息子がそういう。 娘に比べて、寝つきが悪いのは赤子の頃からずっとだが、それにしてもその夜は寝付くのが遅かった。 ああ、と答えて、息子の肩をトン、トン、とゆっくりと叩く。 小さな赤…

篠突く、長月。

出がけには、まだぽつりぽつりと頬を叩いていた。 それが、いつの間にか視界が悪くなるほどの勢いの雨に変わっていた。 雷が鳴いて、時折フラッシュが焚かれたような閃光が走る。 夏の夕立ちとは少し違う、怒気を孕んだ雨だった。 ワイパーの速度を上げる。 …

蜃気楼とクロール。

そもそも運動神経は良くない方だが、それに輪をかけて水泳はダメだった。 家にバットとグローブがあって、ボールを投げることに親しんでいた分、球技はまだマシだったのかもしれない。 跳び箱、マット運動などの器械体操系は、まったく苦手だった。 軽々と跳…

頑張って一人でどうにかする時代は、もう終わったんだ。

世代を越えて、つながれる遊びというものがある。 私と父の場合は、野球だった。 たまの父の休日にキャッチボールをして遊んだり、あるいは中日ドラゴンズの成績に一喜一憂し、ハレの日にはナゴヤ球場で観戦したりもした。 ナゴヤ球場で、父が居合わせた仕事…

八月十五日。

父方の祖父は、満州で兵役に就いた経験があったと聞く。 聞く、と書いたのは祖父以外から聞いただけであり、祖父本人から直接その話を聞いたことはなかった。 いまから、ほんの7,80年前のことである。 誇らしげに語ることも、凄惨さを伝えることも、祖父は選…

墓前と、空の青さに捧ぐ。

「ほおずき、全部出ちゃったんですよ。すいませんねぇ。なしでよければ、その分値引きしときますが」 構いません、と答えると、その年配の女性は手際よく仏花を白い紙で包んでいく。 お盆にほおずきはつきものだが、さりとて毎年利用しているこの店以外の生…

葉月十二日のそら。

手塚治虫の「火の鳥」は、「ドラえもん」と並んで幼い頃の私のバイブルだったが、その中でも「鳳凰編」は特に好きで、何度も何度も読み込んだ。 時に奈良時代、過酷な生い立ちから片目片腕を失った主人公の我王は、暴力と略奪の中に生きる。 そんな我王は、…

瞬間と永遠について。

あれは小学生の高学年の頃だっただろうか。 母親と二人で山を登ったことがあった。 山頂と思わしき、見晴らしのいい場所で撮った写真が残っている。 その後、不惑も近くなって母の死と向き合う中で、どの山だったのか知りたくなり、それと思わしき山をいくつ…

願いも、望みも、目標も。なくてもいい。

誰しもが、自らの望みを叶えたいと願う。 だからこそ、願望実現や目標達成のハウツーなりが、いつの時代も求められる。 そう考えると、スピリチュアルな引き寄せであれ、ゴリゴリの外資系コンサルによるKPIなりの管理であれ、それほど大差がないように感じる…

名古屋駅、ラジオ、野球中継慕情。

都心部、月末、金曜日、夕方、雨。 渋滞する要素をすべて詰め込んだようで、遅々として車は進まなかった。 地下鉄で行くこともできたが、コロナ禍の下で車移動が慣れてしまったせいか、そのまま車で行ってしまおうと思った。 人間の習慣というのは、大きいも…

クワガタの発掘に、遠い昔の記憶を想うこと。

昨年の夏の終わりから、息子とクワガタの幼虫を飼っている。 クワガタの幼虫の飼育というのは難しいらしく、私も少年時代にそう聞いていた。 しかし、今はこのような「菌糸ボトル」が普及しホームセンターで売られており、これに幼虫を入れて、定期的に菌床…

名曲は、簡単に時空を飛び越えさせてくれる。

建物を出た瞬間、熱気と呼べるような空気にあてられた。 アスファルトからの照り返しが、その熱気をさらに強調するようだった。 夏の乾いた暑さは耐えられるのに、この梅雨の合間の晴れた日の蒸し暑さときたら。 右手で陽を遮りながら、急いで車に乗り込む。…

立夏雨情。

この時期の雨は、どこか優しい。 日に日に上昇する気温に身体が堪えることも多いが、その火照りを冷ましてくれるようだ。 雨に対する想いは、そのまま自分自身の状態でもある。 = あの頃、なぜ雨があんなにも気にならなかったのだろう。 天気予報を見る習慣…

子どもは、親がしたくてもできなかったことを、してくれる。

感染症予防のための活動自粛と、それにともなう休校が続いて久しい。 家で子どもと過ごす時間が増え、マリオやドラクエに遊んでもらったりしている。 休校期間も長くなり、小学校から渡された課題のドリルやプリントを教える時間も増えた。 ブーブー言いなが…

「昭和の日」の水面に、過ぎゆく平成の日々を思い出すこと。

昭和の日。 昭和生まれの私にとっては、「天皇誕生日」もしくは「みどりの日」の名称の方が、しっくりくるのだが。 調べてみると、2007年(平成19年)施行の改正祝日法で「昭和の日」と名を変えたそうだ。 すでに10年以上も経っていることに、驚きを…

いつか、どこかで。

白が、お辞儀をしていた。 カメラの日付を見ると、5日ほど前らしい。 紫の蕾が、生きものの手のようにも見えた。 ふと、同じ場所を今日通りかかったところ、白にその紫が加わっていた。 お辞儀をしていた背も、まっすぐに天を向いていた。 何も変わっていな…

自分が誰かにしてほしかったことを、誰かにしてあげると満たされる。

「愛されたい」という渇きは、「愛すること」で初めて潤い、満たされる。 結局のところ、満たされない思いというものは、外部の誰かから満たされることはない。 真実はおそらくその逆で。 満たされない思いをしている他の誰かに、それを与えることで、始めて…

いつもマリオに、寂しさを癒してもらっていた。

家の中での時間の楽しみを増やそうと考えていたら、数年前に頂いて未開封だったゲーム機を見つけた。 「なんだ、それは!」と、食いつく息子。 開封して初期設定をして、以前に遊んでいたソフト「New スーパーマリオブラザーズ」を差し込んでみる。 走る、ジ…

ナビのないくるま。

方向音痴のケがある私は、ナビのない車は乗らないようにしている。 乗り慣れた道ならまだしも、初めて通る道をナビなしの車で走るのは怖い。 最近は、ほとんどスマホの地図アプリで代用できるようになったので、その心配をすることはほとんどないのだが。 ナ…

3月11日。

3月11日。 水曜日。 予報通りに、よく晴れていた。 濡れたアスファルトは、夜半まで雨が降っていたことを教えてくれた。 けれど、よく、 晴れていた。 3月11日。 よく、晴れていた。 = 多くの人にとって、特別な意味を持つであろう、その日付。 当た…

3月10日。

3月10日。 火曜日。 昼前から雨、のはずだった。 予報は外れ、朝から降り出していた。 分厚い雲から泣き出すように降り出した雨は、どこか季節感がなかった。 どこか空気が重苦しく、鬱陶しかった。 雨の足音だけが、車内に響いていた。 そういえば、3月…

追憶のキリン。

幼いころの記憶を、鮮明に覚えている人がいる。 以前に聞いた話だと、神童として知られていたある人は、自分が産まれたときに浸かった産湯のタライの形を覚えているという。 そこまでの記憶はさておき、幼少期の記憶をよく覚えている人と、そうでない人は分…

世界に、何を与えるか。

学生時代の音楽仲間から、結婚したとの便りが届いた。 仮に、彼女をトモコと呼ぶことにする。 ウエディングケーキを新郎から食べさせもらっているトモコは、この上なく幸せそうな笑顔をしていた。 トモコは、当時ヴァイオリンを弾いていた。 とんでもなく、…

仕事始めの小寒の頃、父を想うこと。

今日は二十四節気の一つ、「小寒」。 「寒の入り」とも言われ、これからさらに寒さが厳しく感じられる頃。 寒中見舞いが送り交わされるのもこの頃で、これから節分までの三十日間を「寒の内」と呼ぶそうだ。 実際にその通りで、暖冬と思っていたが昨日あたり…

年の瀬に祖父の家を想うこと。

年末特有の押し迫った感じは、年々薄れていっているように感じる。 コンビニや商業施設が元旦や2日から開いているおかげで、山ほど食料を買い込む必要もないし、少し長い休み程度にしか感じない。 これが、東京から新幹線なり飛行機で帰省するとなると、ま…

2005年の自分からの手紙。

Webで注文していた2020年の手帳が届いた。 ページをペラペラとめくりながら、2019年ももう終わりかと思うと、感慨深い。 早いと思えば早いし、まだ1年も経っていないのかとも思える。 最近つとに、時の流れが歪んでいるように感じる。 = 手帳はも…

fireworks.

ひらひらした持ち手の赤色の部分を持つ感触が、久しぶりだった。 風が吹けばどこかへ飛んでいきそうな、軽い感触。 逆側にある先端の、火を点ける部分のふくらみを見ると、いつも蜂のお腹のようだと思う。 ジジジ、と音がしてロウソクの火が赤い穂先に燃え移…

過ぎゆく夏を惜しむ。

久しぶりに通る街道は、お盆のせいか以前の記憶よりも空いていた。 どうもお盆という時期は、夏の「終わりの始まり」と重なるせいか、感傷的になってしまう。 目印となる建物もあるけれど、ここは通るたびに、少しずつ建物が変わっているように感じる。 され…