大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

旬の口取り

大寒。世界を隔てるもの。

今日は「大寒」、一年で最も寒さが厳しい時候。 例年のこの時期の朝は、極寒の中で車のフロントガラスの氷を溶かすという苦行に勤しむのだが、今年はまだ1回しか、その苦行をしていない。 底冷えする寒さを感じる前に、冬が終わってしまいそうだ。 = とは…

それでいいよ。

季節は過ぎゆくに任せるほかない。 凍える冬に、夏を恋しがっても仕方ないように。 うだるような夏に、冬の寒さを欲しても得られないように。 その寒さに不満を言うよりも、 その暑さを嘆くよりも、 ただそれらが過ぎゆくに任せるほかない。 全部受け止める…

仕事始めの小寒の頃、父を想うこと。

今日は二十四節気の一つ、「小寒」。 「寒の入り」とも言われ、これからさらに寒さが厳しく感じられる頃。 寒中見舞いが送り交わされるのもこの頃で、これから節分までの三十日間を「寒の内」と呼ぶそうだ。 実際にその通りで、暖冬と思っていたが昨日あたり…

ようこそ、2020年。

新年あけましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 2020年を迎えた元旦に、このブログの「ブログ・ポリシー」をここに記しておきたいと思います。 2017年の8月から書き始めて、毎日更新を続けてきましたが、今年はさら…

年の瀬に祖父の家を想うこと。

年末特有の押し迫った感じは、年々薄れていっているように感じる。 コンビニや商業施設が元旦や2日から開いているおかげで、山ほど食料を買い込む必要もないし、少し長い休み程度にしか感じない。 これが、東京から新幹線なり飛行機で帰省するとなると、ま…

クリスマスイブに寄せて、追憶と奇跡について想うこと。

時にふと、昔の記憶が甦ることがある。 よく聴いていた音楽を耳にしたり、以前に通っていた場所に足を向けたり、鼻腔をくすぐる香りが懐かしかったり、あるいは何か心に刻まれることが起こった季節がめぐってきたり、そのタイミングは様々だったりする。 そ…

冬至、乃東生、陰中の陰。

今日は冬至。 一年の中で最も昼が短く、太陽の力が最も弱まる時期。 七十二候では「乃東生(なつかれくさしょうず)」、夏になると枯れてしまう靭草(うつぼぐさ)の芽が出る頃。 ほとんどの草木が枯れゆく時期にあって芽を出す、めずらしい植物もある。 冬…

されど、同じにあらず。

ようやく冬らしく冷え込む日が続くようになってきた。 大雪も末侯となり、七十二侯では「鱖魚群(さけのうおむらがる)」の時期だ。 その名の通り、鮭が川を遡上する時候である。 海で育った鮭は自分の産まれた川に、産卵のために戻ってくる。 されど、戻っ…

時に大雪。閉塞成冬、そらさむくふゆとなる。

今日は二十四節気の「大雪」。 山々は雪に覆われ、本格的な冬の到来を感じながら、年末年始の準備を始めるころ。 一段と寒くなったようで、最高気温が9度と寒い日になった。 昔から伝えられる知恵は、ほんとうに正確だ。 さて、最近惹かれている七十二候で…

赤い、師走。

気付けば12月、師走である。 あと31日で2019年、令和元年が終わってしまう。 ついぞこの間、新年の目標を立てたような気もするし、残暑が厳しいだのなんだの言っていた気がするのだが。 霜月の初めには、ご依頼頂いた小説の締めきりに追われ、いっぱ…

いまそこにある美を見つめる。

小雪も過ぎ、日に日に秋の深まりと冬の訪れを感じる日々。 前日からの雨は、明け方に止んだようだ。 おかげで肌寒かった前日とは違って、黄金色の陽射しが暖かかった。 それでも、ところどころに雨の記憶を見つける。 雨上がりの朝だけの、美しさなのかもし…

時に小雪、虹蔵不見。

時に小雪。 風の冷たさが、日々はっきりと感じられるようになるころ。 きたぐにでは雪がちらつく日もあるが、まだまだ寒さはこれからの節気。 さて、小雪は二十四節気だが、それをさらに細分化した七十二節気では、小雪初めの侯を「虹蔵不見」という呼ぶそう…

秋の日はつるべ落としに。

秋らしい晴れ方の空に誘われて、近所の公園へ。 徐々に燃えゆく緑が、秋の深まりを感じさせる。 青、緑、赤。 「光の三原色」と呼ばれる三つの色。 混ぜ合わせると明るくなり、限りなく白に近づいていく配色。 これから白い季節に向かうことを暗に示している…

りっとう。栗東ではなく、立冬。

りっとう と聞いて栗東市を思い浮かべるのは、滋賀県に縁が深い方か、お馬さんに頭が毒されている輩かのどちらかだろう。 ということで、今日は立冬。 冬、立てる日。 冬が「立つ」という表現がなんとも素敵だなと思うのだが、初雪の便りが届いたり、冬の季…

枯れゆく中に、命の息吹は宿る。

もう週末には、暦の上で冬である。 気付けば、朝晩は冷え込むようになってきた。 秋もまだ満喫していないような気がするのだが、時の移ろいは早いものだ。 = 先日、可憐な紫の花を咲かせていた、アレチヌスビトハギ。 このアレチヌスビトハギについてのエン…

紅い、霜月。

時に霜月。 朝晩の空気の冷たさが、染みるようになってきた。 見上げれば、陽の光の透明感が増した。 空気が冷えて、澄んできたのか。 もう来週には、暦の上では冬が始まる。 その名の通り、霜が降りるのも近いのだろう。 あれは、小学生何年生のころだった…

霜降。雨は、やさしく。

ベッドの中で目を閉じるが、なかなか眠りは訪れてくれなかった。 それでも、屋根を叩く雨の音はどこか心地よかった。 初秋に夏の名残を和らげる雨。 台風がもたらす激しい雨。 急に降り出す秋時雨。 晩秋の落ち葉を濡らす冷たい雨。 さまざまな秋の雨の情景…

露草と白粉花。時はいつか満ちるもの。

自転車の修理が完了したとの電話が入ったため、息子と散歩がてら自転車店まで歩く。 まだらな雲が空に浮かんでいた。 割と強い陽射しに汗ばむ陽気だったが、時折吹く風はひんやりとして秋を感じさせる。 路傍の青色に、目が留まった。 ちいさな青い花に、黄…

ときに秋は群青色と飴色に似て。

日に日に秋は深まり、空の色が深みを増していくようだ。 群青色、桔梗色、紺藍、菖蒲色…青の色の名前をどれだけ連ねても、この空の色を表すには足りないような気がする。 台風が過ぎ去ったあとは、空気が澄んでおり透明感がある。 叩きつけるような雨と暴風…

瞬間にこそ愛は宿る。

いつもの通り道。 2,3日前に、薄紫とピンク色をした花が咲いているのを見つけた。 秋の花は、なぜか物哀しい色をした花が多いように思う。 最近知ったのだが、「うれい」とは「憂い」とも書くし、「愁い」とも書く。 「秋の心」と書いて、「うれい」。 な…

寒露の頃に路傍の花の名を想うこと。

先週末も日中は30度を超えて、クーラーをつけていたような気がするが、気付けば朝晩の涼しさは少しひんやりとした冷たさを覚える。 いつの間にやら、寒露の節気に入っている。 朝の空気は澄み、草や葉に冷たい露が宿る。 秋の深まりを感じる中、農作物の収…

花は誇らず。

早いもので、気付けば10月、神無月に入った。 午後6時に外に出ると、すでに夕闇があたりを包み始めていた。 つい先日まで、7時を過ぎてもまだ明るくて、仕事終わりにキャッチボールをして遊んでいたような気がするのだが。 季節の移ろいは、早い。 そし…

秋分の日に「だいじょうぶ」という言葉について想うこと。

「だいじょうぶ」という言葉は、二義的である。 「悪いことは起こらないから、だいじょうぶ」という意味と、 「悪いことなど何もないから、だいじょうぶ」という意味と。 前者は希望であり、後者は信頼であるといえる。 どちらでも、「だいじょうぶ」なのだ…

千年の昔から愛でられてきた名月を見上げて、「魚屋ごんべえ」さんで秋の酸味が沁みた夜。

少し前まで、夜中も暑くてクーラー全開だったのに、いつのまにか朝晩の風は涼しく、クーラーなしで過ごせるようになった。 秋の訪いというのは、静かに、それでいて確実に訪れるようだ。 一日、一日を過ごしていると見落としてしまうが、ふと立ち止まると、…

タネとりものがたり。

夏休みに入る際に、子どもたちが持ち帰ってきた朝顔をベランダで育てている。 夏の朝に咲く前の美しい蕾を見せてくれたり、毎日変化があり目を楽しませてくれる。 その朝顔が咲いた後の蕾が割れて、タネが出てきた。 タネは次の新一年生に配るらしいので、集…

処暑を過ぎて。

処暑を過ぎて。 雲の形が、変わった。 人知の及びのつかぬ怪物のような入道雲は姿を消し、 いつしか切れ切れになった秋の雲が流れている。 風が、澄んだ。 外気に触れた瞬間のうだるような熱気はどこにもなく、 どこか静謐さと諦念をはらんだ風が吹いている…

向日葵に寄せて。

向日葵が好きだ。 好きな季節の夏の象徴であり、「ひまわり」という名前も好きだ。 街中で見る小さな花のものもいいが、やはり抜けるような青空をバックにした大きな花は、夏の花だという感じがして、見ていて飽きない。 その大きな向日葵は、女性的なたおや…

fireworks.

ひらひらした持ち手の赤色の部分を持つ感触が、久しぶりだった。 風が吹けばどこかへ飛んでいきそうな、軽い感触。 逆側にある先端の、火を点ける部分のふくらみを見ると、いつも蜂のお腹のようだと思う。 ジジジ、と音がしてロウソクの火が赤い穂先に燃え移…

収穫までのプロセスのよろこびに比べれば、結果の良し悪しなんてほんのささいなことなんだ。

とかく人は「結果」を見たがる。 いくつの、どれだけの、何々と比べて、どうだったのか、と。 けれど、ほんとうのところ、大事なのはそこにいたるまでの「プロセス」なのだ。 その「プロセス」を歩むよここびに比べれば、結果の良し悪しなんてのは、ほんのさ…

過ぎゆく夏を惜しむ。

久しぶりに通る街道は、お盆のせいか以前の記憶よりも空いていた。 どうもお盆という時期は、夏の「終わりの始まり」と重なるせいか、感傷的になってしまう。 目印となる建物もあるけれど、ここは通るたびに、少しずつ建物が変わっているように感じる。 され…