大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

旬の口取り

やって来るもの、過ぎ去っていくもの、いま目の前にあるもの。

近所の川沿いの桜並木を歩く。 先週末に、今年初めて咲いた桜を見たが、もう陽当たりのいい場所では満開に近い。 前日の夜には少し強めの雨が降っていた。 この日も曇りと雨の予報で、なかなか青空をバックに撮れないのがもどかしい。 それでも、この淡いピ…

桜始開、さくらはじめてひらく。

空の色が、春らしくなってきた。 どのあたりが春らしいか、と問われると困ってしまうのだが、春の空の色は独特だ。 どこか輪郭がぼんやりとしている。 それは、霧(きり)でもなく、靄(もや)でもなく、やはり霞(かすみ)と呼びたくなる。 霧(きり)や靄…

ほら、気付けば足元に。

自分が変化したことや、成長したことを見つけたければ、定点観測がいちばん確実だ。 すなわち、目に映る周りの誰かの横軸ではなく、1か月前、半年前、一年前の自分という縦軸で比べてみること。 そのとき、鍵になるのが、「必ず何か変わっている点がある」…

春分過ぎて。

昨日の春分の日を過ぎて、また一つ春らしくなってきたようだ。 少し前に立春がどうのと書いていたような気がするが、時の流れは早い。 立春、雨水、啓蟄、そして春分へ。 その陽気に誘われて、近所の川沿いを走る。 川沿いの桜も、もう待ちきれないといった…

流れとよどみ、過ぎゆく春。

残暑や余寒、あるいは晩秋といった言葉には、どこか過ぎゆく季節への目線がある。 けれど、晩春という言葉には、それが薄いように感じる。 晩春の頃は、清明あるいは小満のころ。 新緑で生命の力が最も輝くとき、人は過去を煩うのではなく、未来を想う。 過…

桃始笑、ももはじめてさく。

二十四節気、七十二侯を追っていくと、季節というものはほんとうに立ち止まらないものだと痛感する。 ほんの少し前に啓蟄に入ったような気がするが、七十二侯ではその次候の時節だ。 桃始笑。 ももはじめてさく。 桃のつぼみが開き、花が咲き始めるころ。 3…

蟄虫啓戸、すごもりむしとをひらく。

今日は啓蟄。 七十二侯では蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)、土の中で冬眠していた虫や蛇、蛙、とかげなどの生きものたちが、這い出して来る時候。 早春の光を浴びて温まった土から顔を出した生きものたちは、久しぶりの風を浴びて春の訪れを告げてくれ…

桃の節句に、娘を想うこと。

「どうせ、おとうは、僕よりも娘のほうがだいじなんでしょ」 罪悪感を刺激するのが得意な私の息子の、最近トレンドの手口だ。 罪悪感にまみれるのが大好きな私と、拗ねて無力感に浸りたい息子との凹凸は、どうもぴったりのようだ。 そもそも、ほんとうに息子…

催花雨に緑は萌え、春は訪れる。

ここのところ、雨が降ったり止んだりしている。 夜半に降る雨、日中に降る雨。 まだ冬のような冷たい雨、どこか暖かな気配の雨。 湿った香りのする雨、柔らかな雨。 一つ一つの雨に、表情があるようだ。 この「雨水」の時期に降る雨を、「催花雨(さいかう)…

4年に一度の日。故郷で咲く花を愛でた日。

2月29日、閏日。 4年に一度しかない日と聞くと、なんだか得したような、それでいて特別な日のような気がする。 時間がそうであるように、日付も暦も人の造りし記号に過ぎない。 けれど、記号に意味を結び付けたがるのも、また人というものなのだろう。 それ…

春という季節が持つ根源的な不安について。

午前中はなんとか持ちこたえていたが、昼過ぎから降り出してきた。 それでも、その雨粒はほのかに暖かい。 「雨水」の時候らしく、地に潤いと恵みを与えるような雨だった。 冬の刺すような冷たさの雨は、もうない。 = それでも、気怠い午後だった。 どこか…

雨水を過ぎて。

雨水を過ぎたが、今朝は久しぶりに車のフロントガラスが凍っていた。 寒くなり、冷たくなり。 その繰り返しで季節は巡っていく。 山に積もった雪がゆっくりと解け出し、田畑を潤すといわれる「雨水」。 農耕を始める目安とされた節気だ。 七十二侯では「土脉…

「暦の上では」という愉悦。

今年は例年になく暖かい冬だと思っていたら、立春過ぎてようやく本格的な寒さがやってきた。 寒の戻りというよりは、初めて冬らしい寒気のような。 週の頭には、雪がちらつくのを見た。 どうなっているのやら。 七十二侯では「黄鶯睍睆(うぐいすなく)」の…

山茶花と椿、散りざまにその花の美しさは咲いて。

この時期に咲く花たちは、数少ないなれど冬の世界を彩ってくれる。 よく見かけるのは、山茶花と椿だろうか。 古来より、冬から春を彩る花として愛でられてきた二つの花。 両者はよく似ている花でもあり、見分けるのは難しい。 花の形が筒状なのが椿、平面で…

春、立てる日に。

春、立てる日に。 紫と黄色に目が留まる。 アヤメのように見えるが、少し早いような気もした。 調べてみると、やはりアヤメの一種のようで、11月から3月までの寒い時期に咲く「カンザキアヤメ」のようだった。 寒咲菖蒲、または寒咲文目。 「カンアヤメ」…

節分、Threshold。

20世紀に生きたアメリカの比較神話学者であるジョーゼフ・キャンベル。 彼は、世界各地の神話や伝承には共通する物語の原型があると指摘し、それを「英雄の旅(Heroes and the Monomyth)」と呼んだ。 それは、「平穏に暮らしていたある日、平凡(だと思っ…

東風吹かば。

朝のランニングの途中で、風景の中の白い点に目が留まる。 梅の花だ。 もういくつかの白い花が、その花びらを広げていた。 木々の先端が少しずつ膨らみ始めるころ、寒い中に先駆けて咲く、梅。 歳を重ねるごとに、その美しさと趣に惹かれるようになってきた…

大寒。世界を隔てるもの。

今日は「大寒」、一年で最も寒さが厳しい時候。 例年のこの時期の朝は、極寒の中で車のフロントガラスの氷を溶かすという苦行に勤しむのだが、今年はまだ1回しか、その苦行をしていない。 底冷えする寒さを感じる前に、冬が終わってしまいそうだ。 = とは…

それでいいよ。

季節は過ぎゆくに任せるほかない。 凍える冬に、夏を恋しがっても仕方ないように。 うだるような夏に、冬の寒さを欲しても得られないように。 その寒さに不満を言うよりも、 その暑さを嘆くよりも、 ただそれらが過ぎゆくに任せるほかない。 全部受け止める…

仕事始めの小寒の頃、父を想うこと。

今日は二十四節気の一つ、「小寒」。 「寒の入り」とも言われ、これからさらに寒さが厳しく感じられる頃。 寒中見舞いが送り交わされるのもこの頃で、これから節分までの三十日間を「寒の内」と呼ぶそうだ。 実際にその通りで、暖冬と思っていたが昨日あたり…

ようこそ、2020年。

新年あけましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 2020年を迎えた元旦に、このブログの「ブログ・ポリシー」をここに記しておきたいと思います。 2017年の8月から書き始めて、毎日更新を続けてきましたが、今年はさら…

年の瀬に祖父の家を想うこと。

年末特有の押し迫った感じは、年々薄れていっているように感じる。 コンビニや商業施設が元旦や2日から開いているおかげで、山ほど食料を買い込む必要もないし、少し長い休み程度にしか感じない。 これが、東京から新幹線なり飛行機で帰省するとなると、ま…

クリスマスイブに寄せて、追憶と奇跡について想うこと。

時にふと、昔の記憶が甦ることがある。 よく聴いていた音楽を耳にしたり、以前に通っていた場所に足を向けたり、鼻腔をくすぐる香りが懐かしかったり、あるいは何か心に刻まれることが起こった季節がめぐってきたり、そのタイミングは様々だったりする。 そ…

冬至、乃東生、陰中の陰。

今日は冬至。 一年の中で最も昼が短く、太陽の力が最も弱まる時期。 七十二候では「乃東生(なつかれくさしょうず)」、夏になると枯れてしまう靭草(うつぼぐさ)の芽が出る頃。 ほとんどの草木が枯れゆく時期にあって芽を出す、めずらしい植物もある。 冬…

されど、同じにあらず。

ようやく冬らしく冷え込む日が続くようになってきた。 大雪も末侯となり、七十二侯では「鱖魚群(さけのうおむらがる)」の時期だ。 その名の通り、鮭が川を遡上する時候である。 海で育った鮭は自分の産まれた川に、産卵のために戻ってくる。 されど、戻っ…

時に大雪。閉塞成冬、そらさむくふゆとなる。

今日は二十四節気の「大雪」。 山々は雪に覆われ、本格的な冬の到来を感じながら、年末年始の準備を始めるころ。 一段と寒くなったようで、最高気温が9度と寒い日になった。 昔から伝えられる知恵は、ほんとうに正確だ。 さて、最近惹かれている七十二候で…

赤い、師走。

気付けば12月、師走である。 あと31日で2019年、令和元年が終わってしまう。 ついぞこの間、新年の目標を立てたような気もするし、残暑が厳しいだのなんだの言っていた気がするのだが。 霜月の初めには、ご依頼頂いた小説の締めきりに追われ、いっぱ…

いまそこにある美を見つめる。

小雪も過ぎ、日に日に秋の深まりと冬の訪れを感じる日々。 前日からの雨は、明け方に止んだようだ。 おかげで肌寒かった前日とは違って、黄金色の陽射しが暖かかった。 それでも、ところどころに雨の記憶を見つける。 雨上がりの朝だけの、美しさなのかもし…

時に小雪、虹蔵不見。

時に小雪。 風の冷たさが、日々はっきりと感じられるようになるころ。 きたぐにでは雪がちらつく日もあるが、まだまだ寒さはこれからの節気。 さて、小雪は二十四節気だが、それをさらに細分化した七十二節気では、小雪初めの侯を「虹蔵不見」という呼ぶそう…

秋の日はつるべ落としに。

秋らしい晴れ方の空に誘われて、近所の公園へ。 徐々に燃えゆく緑が、秋の深まりを感じさせる。 青、緑、赤。 「光の三原色」と呼ばれる三つの色。 混ぜ合わせると明るくなり、限りなく白に近づいていく配色。 これから白い季節に向かうことを暗に示している…