大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」ことをライフワークにしています。

モンゴル800「小さな恋のうた」に寄せて

モンゴル800の「小さな恋のうた」を聴いたのは、 20代半ばの頃だっただろうか。

 

久しぶりに会った友人の車で、オーディオから流れていた。

 

www.youtube.com

 

「いいんだよ、この歌。ノレる」

 

そう言って、鼻歌でサビを歌っていた友人を思い出す。

 

ほら あなたにとって大事な人ほど すぐそばにいるの

ただ あなたにだけ届いて欲しい 響け恋の歌

 

 

当時の私はといえば、両親との突然の別れの傷を押し殺し、ハードワークに勤しんでいた。

 

地元に帰って来るはずが、気付けば見知らぬ土地で、一人暮らしていた。

 

ただ、そんな私を、仕事だけが社会的につなぎとめてくれたのかもしれない。

 

その仕事で、成果を出さないといけない。

 

もし、その仕事から、同僚から、取引先から、必要とされなくなったら。

 

ハードワーカーになるもの、必然だった。

 

誰もいない自宅と、会社を地下鉄で往復するだけの日々。

 

楽しみ、喜びといったものから、無意識的に自分を遠ざけ、仕事以外の情報からは疎くなっていくばかりだった。 

 

週末が休みでないシフト制の仕事は、私には有難かったのかもしれない。

 

ただ、どれだけ仕事に精を出しても、満たされることはなかった。

 

 

少し遅れた夏休みだった気がする。

 

何もやることがない私は、学生時代の友人に会いに上京した。

 

その環境を続けるのは、限界だったのかもしれない。

 

久々に会った友人は、派手なアロハシャツとサングラスをして、軽自動車に乗って現れた。

 

夏を満喫するような雰囲気の友人に、私は軽く嫉妬を覚えた。

 

若者のすべてが、私にないものすべてが、そこにあったような気がしたからだ。

 

男の嫉妬ほど、見苦しいものはない。

 

軽く覚えたその嫉妬を、私は激しく否定した。

 

否定する、ということは、在る、ということなのだろう。

 

そして、嫉妬とは、私もそうなりたいのに、というサインでしかない。

 

 

「いいんだよ、この歌。ノレる」

 

そんなモヤモヤとした私に、友人が語ったのが、冒頭の台詞だった。

 

流行りの歌を聴くなど、何年ぶりだろう。

 

久しぶりに聴く「音楽」は、乾いた私の心に沁みわたるようだった。

 

その友人の言う通り、いい、曲だった。

 

それ以来、「小さな恋のうた」は私の好きな曲だ。

 

サビに至る歌詞がいい。

 

広い宇宙の数ある一つ 青い地球の広い世界で

小さな恋の想いは届く 小さな島のあなたのもとへ

 

あなたと出会い時は流れる 思いを込めた手紙もふえる

いつしか二人互いに響く 時に激しく 時に切なく

 

響くは遠く 遥か彼方へ やさしい歌は世界を変える

 

やさしい歌は 世界を変える

 

確かに、その通りだ。 

 

 

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名古屋駅、ラジオ、野球中継慕情。

都心部、月末、金曜日、夕方、雨。

 

渋滞する要素をすべて詰め込んだようで、遅々として車は進まなかった。

 

地下鉄で行くこともできたが、コロナ禍の下で車移動が慣れてしまったせいか、そのまま車で行ってしまおうと思った。

 

人間の習慣というのは、大きいものだ。

 

また、赤信号に引っかかった。

 

気づけば、スマートフォンから流れる音声メディアも、コンテンツのストックが尽きたようだった。

 

久しぶりに、車載のオーディオのボタンを押してみた。

 

…ワンボールツーストライクからの、4球目…いま、セットポジションに入りました…

 

そうか、今日の中日は東京ドームで巨人戦だった。

 

コロナ禍で開幕が遅れ、当面は無観客での実施となったが、それでも球春が来たことは喜ばしいことだ。

 

そこにあるはずの歓声と応援歌はなく、球音と選手の掛け声だけが響く。

 

今日はエース対決のようで、無得点で試合が進んでいるようだ。

 

まことに不本意ながら、近年低迷を続ける我が中日ドラゴンズ

 

すべてが異例のシーズンにおいて、どのような戦いを見せてくれるのだろうか。

 

 

山王という名の交差点を通る。

 

かつて、中日が本拠地としていたナゴヤ球場があった場所だ。

 

見覚えのある高架下の風景。

 

父に、よく野球観戦に連れてきてもらった。

 

この近くにある「ナゴヤ球場前」という駅から、歩いてすぐ。

 

改札を出て歩く高架下が暗くて、少し怖かったのを覚えている。

 

その「ナゴヤ球場前」駅も、いまは「山王」と名を変えてしまった。

 

ラジオから流れる実況中継に意識を戻すと、まだ無得点が続いていることを伝えていた。

 

小さな私もまた、ナゴヤ球場で父と観戦していたような気がした。

 

 

山王も通り過ぎ、ようやく名古屋駅周辺にやってくる。

 

かつての幼い私にとって、名古屋駅に車で来るというのは特別なことだった。

 

名古屋駅から私鉄で30分ほどの地方都市で生まれ育ったこともあるが、名古屋駅に行くのは専ら電車に揺れられ、だった。

 

父や母と名古屋に車で訪れた記憶は、数少ないように思う。 

 

一度、姉か誰かのお祝いのときだっただろうか。

 

父の車で家族で名古屋駅に来て、食事をした記憶がある。

 

小さい頃の記憶が薄い私にしては、めずらしくそのことを覚えている。

 

名古屋駅に車で来る、ということ自体が珍しかったからだろうか。

 

それが、家族が揃って笑顔だった記憶だったからだろうか。

 

それは、よく分からない。

 

それでもその帰りに、地下の駐車場から出た父の車の窓から、居並ぶビルの明かりを眺めていたのを、ぼんやりと覚えている。

 

 

ラジオから流れる投手戦は、まだ続いていた。

 

あの頃の小さな私も、エースの力投に声援を送っているのだろうか。

 

この大きな高架下を過ぎれば、もうすぐ名古屋駅だ。

 

 

 

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七夕近し、真清田の空。

四季を味わう、という観点からすれば、梅雨の時期には雨の音を楽しむのが雅というものだろう。

 

されど、晴れた空の気持ちよさは、やはり何物にも代えがたい。

 

週間天気予報が雲と傘で埋まる中で、奇跡的によく晴れた文月の日。

 

一宮市は真清田神社を再訪した。

 

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朝の8時過ぎくらいに着いたのだが、夏の色をした空と心地よい風が迎えてくれた。

 

夏本番でも、これくらいの暑さなら…と思ってしまうが、それはそれで物足りなく感じるのだろうか。

 

前日の夜まで降っていた雨の気配はどこにもなく、かすかに参道の路面が濡れていた。

 

駐車場に車を停めてから、やはりこの楼門から入ろうと思い、一度境内を出る。

 

この楼門の雄大さは、青空がよく似合う。

 

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境内から楼門の外側を望む。

 

鳥居の奥に、駅前の商店街が見える。

 

この真清田神社とともに、歴史を刻んできた街並み。

 

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玉砂利の音が響く。

 

地元の方らしい参拝客が数人、拝殿へと歩いていく。

 

毎朝のルーティンにされているように感じる、自然さ。

 

鳥の鳴き声、木々のざわめき、玉砂利の音。

 

この微かな音たちが心地よくて、神社が好きだ。

 

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本殿には七夕の装飾が。

 

一宮という土地が繊維業で発達したという歴史から、「織姫」の出てくる七夕は特別な意味を持つらしい。

 

そういえば、もう来週が七夕だった。

 

季節のめぐりは、本当に早い。

 

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同じ境内の服織神社も、七夕の装い。

 

もうすぐ来る七夕を想い、こちらでも手を合わせる。

 

境内を歩きながら、先の桃の季節にこの真清田神社を訪れたことを思い出す。

 

あの時は、緊急事態宣言が出され、先の見えない感染症拡大に、緊張した世相だった。

 

仕事で近くまで訪れたのだが、それでも自粛ムードに、外出することにすら罪悪感のようなものを感じ、重たい気がしたものだった。

 

そこから、3か月ほど。

 

どんな時でも、時は流れ、季節は流れていく。

 

それは時に残酷であり、時に救いでもある。

 

今日、こうしてまた気持ちのよい青空の下、参拝に来れたことを嬉しく思う。

 

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私が好きなシルエットの木を眺めていたら、スーツの上からヤブ蚊に食われてしまった。

 

この痒みもまた、夏の風物詩なのだろう。

 

これ以上食われるのは勘弁願いたく、私はまた境内を歩き出した。

 

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何かを失うことへの怖れについて。

昨日のエントリーで、夏の寂寥感について書いた。

 

kappou-oosaki.hatenablog.jp

 

すなわち、夏が孕む寂寥感というのは、「夏至を過ぎて、太陽の力(=生命力)が失われていくことへの根源的な怖れ」なのではないか、と。

 

そこからもう一歩、考えを進めてみると、「なぜ、失うことが怖いのか」という問いが出てくる。

 

失うことへの怖れとは、何だろうか。

 

 

何かがなくなること、

誰かと別れること、

いままであったことが失われること…

 

何かが失われることは、私にとって恐ろしいことであり、また胸が痛むことである。

 

それは、父と母との突然の別離から由来すると思うのだが、どうもそうでもないように感じる。

 

それは「原因」ではなく、あくまで「きっかけ」に過ぎないのではないか。

 

単にもともと持っていたものが、その「きっかけ」を経て、露呈していくだけ。

 

もちろん、こうした怖れを、持たない人もいるだろう。

 

なくなること、失うこと、あるいは別れることよりも、

新しいこと、出会うこと、得ることの方に目を向けることができる性質の人。

 

それはどちらがどうという話でもないが、どちらかに偏り過ぎると、色々と弊害が出てくるのだろう。

 

 

学生時代に、よく訪れた料理店があった。

 

複数の路線が乗り入れする私鉄の駅から、線路沿いの大通りを少し歩いて、脇道に入ったあたりにあった。

 

学生時代に行けるくらいだから、高級店ではない。

 

それでも、小洒落た中にも落ち着いた雰囲気と、家庭的なサービスが心地よくて、何度か通った。

 

就職してその地を離れると、なかなか再訪する機会もなかった。

 

何年か経ったあるとき、Googleマップストリートビューでそのあたりを眺めていた。

 

以前に何度も通った歩道橋や、喫茶店、高架下のスーパー…変わらない風景の中で、その料理店が見当たなかった。

 

自分の身体の一部がどこかに落としてきてしまったような感覚になり、あわててうろ覚えのその料理店の名前を検索する。

 

少し前に閉店してしまったということが分かる。

 

ずきん、

 

と胸のあたりが痛む。

 

その料理店と私の記憶も、戻らない過去の時間も、すべて独立した事象のはずなのに、なぜか私はそれを関連付けて考えてしまうのだ。

 

その料理店とともに、何か自分の中の大切なものが失われた、と。

 

 

考えてみれば、おかしな話だ。

 

その料理店がなくなってしまったことに気付かなければ、失われなかったのか。

 

そうではないだろう。

 

あるいは、日々生きていく中で、さまざまなものが失われる。

 

自分の身体の細胞を構成するアミノ酸だって、わずか1か月程度で全て入れ替わると聞く。

 

あるいは、毎秒毎瞬、時間を失っているともいえる。

 

それに反応せず、何か特定の事象に反応するというのは、やはり私の中の何がしかの傷が反応しているのだろうか。

 

それはよくわからないが、私の中で、失われることに痛みや怖れが結びついていることは確かなのだろう。

 

 

さて、もともとの話は、季節の話からだった。

 

季節のことに置き換えて考えてみるならば。

 

過ぎ行く季節を惜しんだりすることはあっても、また季節がめぐってくることを疑って怖れることはしないだろう。

 

同様に、失うということを肯定的に捉えることも、あるいはできるのかもしれない。

 

失うということは、再生への裏返し。

なくなるということは、またつくることができるということ。

別れるということは、また会えるということ。

 

そんな風に、少しずつ怖れを緩めていくこともできるのだろう。

 

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夏の寂寥感に関する考察、夏至と失われゆくものについて。

夏生まれだからだろうか、夏が好きだ。

 

けれど、同時に夏は寂寥感も運んでくる。

 

夏の暑い盛りは、なぜか死や終わりを連想させる寂しさがある。

 

それは、お盆を過ぎて、夏休みが終わろうとするあの切なさを、学生時代が終わってもまだ後生大事に抱えているのだろうかと思っていた。

 

それも確かにあるだろう。

 

けれど、それだけでもないらしい。

 

ここのところ、それは夏という季節が持つ、失われゆく、何か根源的なものが作用しているように感じるようになった。

 

 

季節のめぐりに目を凝らすようになったのは、いつごろからだろうか。

 

寂しさを押し殺して働いていた頃は、寒いも暑いも、あまり気にならなかった。

 

雨が降ると、どこかで傘を買わないといけないから面倒だな、くらいにしか空を見ていなかった。

 

それが、目の前で展開される奇跡を追い始めると、季節が流れていく営みという美を知るようになった。

 

あまりに速く、時間と季節は流れていく。

 

二十四節気や七十二侯といった、折々の季節の節目を知り、またそれをもとに空や、風の匂いや、あるいは路傍の花を眺める。

 

この前まで何もなかった枝先に、蕾が膨らんでいる。

 

今日は違った色の花が咲いている。

 

頬に感じる風の感触が、変わった。

 

ほんの小さなことだ。

 

けれど、そのほんの小さなことが、生きることに彩りを与えてくれる。

 

そして、そのほんの小さなことは、私たちの感覚よりもずっと早く、そして確実に進んでいく。

 

暦の上では、という言葉があるように。

 

私たちの感覚よりも、季節のめぐりはずっと早い。

 

真冬の最も寒い時期に、春立てる日はやってくる。

 

 

翻って考えると、夏、という季節はいつを指すのだろう。

 

暦の上での立夏は、2020年の今年でいうと5月5日。

 

ようやく新緑の季節に入り、まだ桜の余韻が残っている頃だ。

 

そして、「夏に至る」日は、6月21日。

 

その日が一年の中で最も昼が長く、夜が短くなる。

 

まだ梅雨の最中、気温はそこから上がっていくが、その裏ではもう秋への準備が始まっている。

 

その暦の感覚と、「梅雨明けしたら夏」という一般的な感覚とのずれは、大きい。

 

 

夏至というのは、最も太陽の力が強くなる時候だ。

 

それを越えると、だんだんとその力が弱まっていく。

 

太陽の力とはすなわち生命力であり、夏至を過ぎるとそれは弱まり、やがて秋を経て冬を迎える。

 

私が思っている「夏」の季節、7月、8月というのは、季節のめぐりの中では、もう生命力が少しずつ弱まり、失われていく時期でもある。

 

夏に覚える寂寥感とは、そうした失われるものを無意識に拾ってしまうことと関連しているのかもしれない。

 

目に映る夏の風景と、その裏で進んでいく季節のギャップ。

 

それが、夏に覚える寂寥感の正体かもしれない。

 

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今日から文月。2020年も、もう後半戦らしい。

 

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クワガタの発掘に、遠い昔の記憶を想うこと。

昨年の夏の終わりから、息子とクワガタの幼虫を飼っている。

 

クワガタの幼虫の飼育というのは難しいらしく、私も少年時代にそう聞いていた。

 

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しかし、今はこのような「菌糸ボトル」が普及しホームセンターで売られており、これに幼虫を入れて、定期的に菌床を交換するだけで飼育ができるようになった。

 

すごいことだ。

 

一緒に飼っていたカブトムシの幼虫は、すでに先月サナギになり無事に羽化したのだが、このクワガタの方が、なかなか音沙汰のない状態が続いていた。

 

サナギになるための蛹室のようなものをつくったまでは、ボトルの外側から確認できたのだが、いかんせんそれ以降、一月近く経っても姿形が見えない。

 

不安になる息子に駆られ、ネットで色々調べてみると、ボトルの口の部分に昆虫ゼリーを置いてみて、それでも出てこなかったら、掘ってみるとよい、という情報が。

 

その情報を頼りに、意を決して発掘することを決める。

 

 

慎重に慎重を期し、発掘を進める。

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俺にもやらせろ、と息子。

 

気を付けろとか、何とかギャーギャー言いながら、作業を進める。

 

クワガタよ、どうか無事でいてくれ。

 

臆病な私は、そう祈りながら手を動かす。

 

去年の夏の終わりから1年近く、一緒に過ごしてきたクワガタ。

 

息子が初めて飼育したクワガタ。

 

サナギから成虫になるのは、最もデリケートな時期で、全ての個体が無事に立派な成虫になれるわけではない。

 

分かってはいても、それを望んでしまう、私の身勝手さよ。

 

 

蛹室と思われる空間には、何もなかった。

 

嫌な予感を禁じ得ず、それでもその奥へと掘り進める。

 

息子が声を上げた。

 

いた。

 

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クワガタの背中が見えた。

 

喜ぶ息子、見せて見せてと覗き込む娘。

 

立派なスジブトクワガタのメスだった。

 

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見た目は立派な成虫だが、餌を食べられるようになるまで、もう少し時間がかかるのかもしれない。

 

飼育ケースの中に入れると、すぐに敷いたチップの中に隠れていった。

 

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満足げな息子は、その隠れたケースの底を、ずっと眺めていた。

 

その息子の姿を眺めながら、私の心は少年時代に戻っていた。

 

 

今も昔も変わらず、カブトムシとクワガタは少年たちのヒーローだ。

 

だが、私の住んでいた実家の周りには、それらの虫が捕れるような場所がなかった。

 

あれは、いつの頃だっただろう。

 

誰かにもらったカブトムシが一匹、私の実家にやってきたことがあった。

 

息子と同じように、私も四六時中眺めていたが、当時は昆虫ゼリーなどもなく、すぐに死んでしまったように覚えている。

 

どうしても、カブトムシがほしい。

 

小学校高学年の頃だろうか、祖父の鉄工場に勤めていたある方が、カブトムシ・クワガタが捕れるとされる雑木林に連れて行ってくれることになった。

 

母か父が、私の願いを叶えようと、話しをつけて来てくれたのだろうか。

 

早朝だったのか、それとも夕暮れ時だったのか。

 

それすらも覚えていないのだが、その方の車で雑木林まで連れて行ってもらった。

 

虫に刺されながら、ずいぶんと長い時間、その雑木林を彷徨ったが、残念ながらカブトムシ・クワガタを見つけることはできなかった。

 

いまの息子を見るにつけ、当時の私は相当ガッカリしただろうと思うのだが、それほどネガティブな記憶がない。

 

父や祖父ではない大人に連れて行ってもらったことで、気を遣ったのだろうか。

 

その当時の小さな私を思うと、少し胸が苦しい。

 

 

その後、親に言われたからだろうか、私はその方にお礼状の葉書を書いた。

 

連れて行ってもらったお礼とともに、図鑑に載っていたカブトムシが飛んでいる写真を真似して、挿絵を描いた。

 

後日、その方にとても褒められた。

 

カブトムシの絵が、とても上手く描けていた、と。

 

カブトムシが捕れなかった悔しさよりも、その褒められた嬉しさの方が、私の記憶に残っているのは、なぜだろう。

 

私が手紙を好きなルーツは、そのあたりにあるのかもしれない。

 

 

息子は、相変わらずケースの底を眺めている。

 

それにしても、子どもというのは親がしたくてもできなかったことを叶えてくれる。

 

もしも、小さな私が、「いつか君は、カブトムシやクワガタを幼虫から成虫まで育てることができるんだよ」と聞いたら、どんな顔をするだろう。

 

どこかはにかみながら、嬉しそうな顔をするのだろうか。 

 

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湿気とアヤメ。

雨が降ったり止んだり。

 

湿気の多い日が続く。

 

夏至も次侯になり、「菖蒲華(あやめはなさく)」の時候。

 

「アヤメが咲くと梅雨到来」と言われるように、その紫色が世界を彩るころ。

 

夏本番前の湿気の多い曇り空、あるいはよく雨の落ちるこの時期には、紫色がよく似合う。

 

どこか涼しげで、それでいてどこか温かみのある、アヤメ色。

 

 

ところがこのアヤメ、生育するのは湿気の少ない乾燥地帯と聞く。

 

湿気と、乾燥と。

 

ウェットさと、ドライさと。

 

それはそのまま、人間関係の妙でもある。

 

時に、しとしとと落ちる細かい雨に、湿り気を帯びながら。

 

時に、真夏になったかのような陽の光に、乾きながら。

 

アヤメは、咲く。 

 

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アヤメ、ショウブ、カキツバタを見分けるのは難しい。

花弁の根元に白と黄色の網目模様があるこの花は、アヤメだと思うのだが。

何れ菖蒲か杜若。

 

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