大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

書評:根本裕幸さん著「人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本」に寄せて

今日は書評を。

 

明日11月22日(木)に発売となる、根本裕幸さん著「人のために頑張りすぎて疲れた時に読む本」(大和書房)に寄せて。

 

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著者から原稿を拝見させて頂き、発売前の本のレビューを書くという人生で初めての経験をさせて頂くことになった。

 

気張らず、思うことろを綴ってみたい。

 

  

1.どんな本か?

 

本書は、「他人のために頑張りすぎて生き辛くなっている人」(=本文中では「お察し上手な人」と呼ばれる)に向けられて書かれた本である。

 

自分を後回しにしてまで、周りの人のことを考えて行動している人。

それなのに、よかれと思ってやったことが相手を怒らせてしまったり、自分の望む人間関係を築くことができなかったりして、気づけば生き辛くてしんどくなっているような人。

 

本書には、さまざまな実例を挙げて、そんな「お察し上手な人たち」が出てくる。

 

御多分にもれず、以前は私も大いにそうだった。

 

そうした人は、実はその生き辛さというのは、自分の持つ素晴らしい才能の裏返しであり、愛にあふれる人なんだよ、と教えてくれる本。

 

そして、それを心理的な側面からの分かりやすい説明と、肚に落とし込んでくれる実習が豊富に挙げられている。

 

つまり分類でいうならば「実用書」、「自己啓発書」のカテゴリーに入る本であるのだが、著者は心理カウンセラーとして18年間、のべ2万人以上のクライアントの人生の岐路に立ち会ってこられた経験がある。

 

かくいう私も、その一人である。

このブログを書くようになったのも、著者との出会いからである。

 

kappou-oosaki.hatenablog.jp

 

野球の世界で「名選手必ずしも名監督ならず」という格言があるが、こうした人の心の変化や成長というのも同じことが言える。

 

つまり、自分が「お察し上手で疲れてたけど、元気になった経験」がある人よりも、「お察し上手だった人が、こんなことをしたら元気になっていったのをたくさん見てきた経験」がある著者だからこそ書ける内容なのだと思う。

 

同じ野球で例えるなら、バッティングが上手くなった選手よりも、そういった選手をたくさん育て、見てきたコーチの方が、「なぜ上手くなったのか?」をよく説明できるようなものだと思うのだ。

 

そんな「名監督」の書いた本書の内容を少し触れてみたい。

 

2.「お察し上手な人」とは?

本書の前半では、「お察し上手な人」の実例がたくさん出てくる。

 

詳しくはこちらに「まえがき」と「第1章」が公開されているので、参照頂きたいのだが、さすがにのべ2万人のクライアントの声を聴いてきた著者の実例にはリアリティがある。

 

nemotohiroyuki.jp

 

・自分の抱えている難しい仕事を一人で頑張ってきたのに、周りから理解されなかった人。

・気を遣って苦手な分野の仕事を引き受けたのに、逆に怒られてしまった人。

・それとは逆に、気を遣って気づかぬふりをしたはずが、「もっと先輩の気持ちに配慮するように」と注意されてしまった人。

・周りに迷惑をかけないように休まないようにしていたら、いつのまにか休めない状況になっていた人。

・家族のために先回りして頑張ったのに、逆に家族の機嫌を損ねた人。

・気遣いをして提案したのに、相手の地雷を踏んでしまった人。

 

どれもこれもよく聞く話で、もしかしたら身につまされる話もあるかもしれない。

 

そうした「お察し上手な人」が陥りがちな罠を、本書は心理的な側面から紐解いていく。

 

鍵になるのは「自分軸」と「他人軸」という二つの軸。

 

「自分軸」とは、「私がこうしたい」というしっかりとした軸がある状態。

反対に「他人軸」では、「周りの人がこうしたいと言っていた」ということに振り回される状態。

 

本書で扱っている「お察し上手な人」の才能は、「自分軸」では長所になるが、「他人軸」では逆に短所になると著者は言う。

 

そして、得てして「お察し上手な人」は相手の気持ちや状態を察することに長けているため、つい「他人軸」の状態になりやすい。

 

このように、本書の前半ではこうした「お察し上手な人」の心理的な背景を、自立、依存、自立の依存、取引といった見方から分かりやすく説明している。

 

私の身に置き換えてみると、ワーカホリックに仕事をしていた時代は、完全に「自立の依存」と呼ばれる状態だったように思う。

 

自分の時間を削ってまで仕事をして、他人の仕事にも手を貸したりして、いっぱいいっぱいになっていた。

 

最初は純粋に相手に「喜んでもらいたい」という思いからだったのが、だんだんと相手にもそれを「ちゃんと受け取って喜んでほしい」という欲求が生まれてくる。

 

これが「自立の依存」と呼ばれる状態で、相手の反応に一喜一憂して、かといって今までやっていた仕事のやり方をやめるわけにもいかず、苦しくなるばかり。

 

こうしたプロセスは「お察し上手な人」の多くが通るプロセスなのだが、その上で「自分軸」を確立することを著者は勧める。

 

それは、「気を遣うのか、どうか」「相手を優先するのか、自分を優先するのか」といったことを、その都度「自由に選択」するのが「自分軸」である。 

 

言い換えるならば、それを「自由に選択する許可を自分に出す」と言える。

 

3.「お察し上手な人」が自分軸を確立するために

 

本書の前半で「お察し上手な人」がなぜ苦しくなってしまうのか、その心理的な背景を多くの具体例とあわせて見た上で、後半は「どうやって自分軸を確立するか」という実践ワークが紹介されている。

 

それは、著者の18年にわたるクライアントとの関係の中で構築した金脈だと思うのだ。

 

「自分軸」を取り戻すためにいろんな「お察し上手な人」が試して、効果の高かったのがここで紹介されているワークなのだろう。

 

そして、それが「なぜ効果的なのか」が明確に説明されている。

 

たとえば、アファメーションといって、

 

「私は私、〇〇は〇〇」

(〇〇はお母さんや、部長や、彼など、自分が振り回されている人や自分の頭の中から離れない人の名前を入れる)

 

という言葉を一日に何十回、何百回と唱えるワークがある。

 

これは実際に私も1年ほど続けていた時期があって、自分が振り回されている人との心理的な「癒着」をはがすのに、シンプルだけれどもとても効果的なワークだ。

 

これだけを聞くと、「それだけ?うそでしょ?」と思われるかもしれないが、このワークが「なぜ」効果的なのか、そしてどうしたら継続できるのか、が分かりやすく説明されている。

 

結局、それは著者のクライアントの「成功体験」の積み重ねであり、「実体験」の生の声を聞いているから分かりやすいのだろう。

 

そんなワークがありながら、「自分軸」を確立していくプロセスが描かれている。

 

それは、自分という存在の凸凹をそのままの形で受け入れ、自分が「当たり前」だと思っていることにこそ価値や才能を見出すというエキサイティングなプロセスである。

 

そのプロセスの先には、等身大の自分を愛するという恩恵が待っているように思う。

 

そして、等身大そのままの自分を愛することができると、人はそれを外界に投影する。

 

自分の見ている世界を、そのままに愛することができるようになるのだ。

 

そのとき、人は他人のどんな行動からも愛を感じることができるし、また自分がいままでどれだけの人を喜ばせてきたのかを知ることができる。

 

本書終盤の、この「自分軸」を取り戻していく論旨の展開は、頷きながら引き込まれる。

 

4.「お察し上手な人」は類まれな愛の才能を持った人

 

 大リーグでもレジェンドになったイチロー選手は、そのキャリアをスタートさせた日本のオリックスで当時不遇を囲っていた。

 

バッティングフォームが理に適っていない、それを修正しろいう指示に従わない、という理由で当時の監督から干されていた。

 

ところが、年が変わって監督に就任した仰木彬氏(故人)は、イチローの輝く才能を見出し、決してバッティングフォームを変えさせようとはしなかった。

 

当時「鈴木」だった登録名を、ファンが親しみやすいように「イチロー」に変えるようにアドバイスしたのも仰木氏だったといわれる。

 

あとの活躍は、言うまでもない。

 

仰木氏は近鉄オリックスで指揮を執り、両チームで3度のリーグ優勝に導いた名将。

人心掌握の天才だったと言われるが、その源泉が垣間見えるエピソードだと思う。

 

その人の中に、才能と可能性を見る。

それは、愛をもって人を見るということと同義なのだろう。

 

極端な例なのかもしれないが、著者が見ているのは、それと同じ世界のような気がする。

 

誰しもがその人しか持っていない、世界でただ一つの類まれな才能を持っている。

 

それは、心の痛みの奥底にある、やわらかでほのかに温かい「愛」と呼ばれるものからできている。

 

そして「お察し上手な人」は、類まれな大きな「愛」を持った人なのだ。

 

著者が伝えたいのはそういう世界なのだと思う。

 

そして本書を通じて、それに気付く人が一人でも増えたら、世界はもっと優しく美しくなれる。

 

こう書いてしまうと、やっぱりいかにもクサいのだが、それは本当に真実だと私も思うのだ。

 

ここは、著者の言葉を引いてみることにしよう。

 

私たちはよく「結果」で自分を評価してしまいます。

 

また、周りからもそれで判断されてしまうことも多いでしょう。

 

そうすると、その動機となった「愛」については否定されたり、価値を見られなかったりするのですが、それはもったいないことだと思うのです。

 

私は長年カウンセリングをする中で、人の行動の背景には必ず愛がある、という見方をするようになりました。

 

もちろん、「嫌われたくない」「誤解されたくない」「迷惑をかけたくない」といったおそれや罪悪感も行動をつくるわけですが、そうしたネガティブな感情とは別に愛もあるのです。

 

ただ、なかなかこの愛には気付きにくいものです。

 

だから、「自分のこの行動の裏には、どんな愛があるのだろうか?」という前提で見つめないとわからないものなんですよね。

 

人の気持ちを察しようとする、あなたの行動はすでに素晴らしい愛からの行動なのです。だから、察することが上手な人は、そのまま「愛の人」と定義してもいいくらいです。そのことに気付き、自分の愛に自身を持つことで、あなたはそのままで幸せを感じられるようになるのです。

 

お察し上手な人は、愛の人。素晴らしい愛を持った、癒やし人なのです。

 

本書 第5章 p.222,223

 

本書の中では太字になっていなかったこの部分に、私は驚きと感動を覚える。

 

私は長年カウンセリングをする中で、人の行動の背景には必ず愛がある、という見方をするようになりました。

 

何という人間賛歌。

素晴らしきかな人間、という宣言に聞こえる。

 

それを信じるかどうかは、これを読んでいる人それぞれだと思うが、少なくとも私はいろんな経験をしてきた中でも、この「人間賛歌」を信じたいと思う。

 

そう感じさせてくれる一冊だった。

 

 

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