大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

インプットとアウトプットのパラドックス

不思議なもので、1日複数記事をエントリーするようになってから、書きたいことが多くて整理しきれない。

「断酒」と「The Artist's Way(邦題:ずっとやりたかったことを、やりなさい。)のワーク」と日々のチャレンジが増えたことが、もちろんあるのだが、どうやらアウトプットとはそういうもののようだ。

インプット(入れる、覚える、調べる、読む、学ぶ・・・)の量と、アウトプット(話す、書く、動く、歌う、描く、表現する・・・)の量の関係は、普通に考えると、
インプットする
 ↓
同じ量をアウトプットできる

と考えがちだが、どうやら違うらしい。

アウトプットする
 ↓
同じくらいの量のインプットができる
 ↓
それ以上の量がアウトプットできる

という順番のようなのだ。

まず先にするべきは、「出す」こと。

その量が、「入れる」量を決めている。

そのために、とりあえずポイっとサイコロを投げる感じで、やってみる。

失敗や不満足な出来だったら、反省点や改善点を見つける。

結局、そこなのだ。

巷で上手くいっているように見える人は、このサイクルを超高速で回しているように見える。

そして、周りの人の目に留まるのは、往々にして上澄みの部分なのだ。

よく言われる話なのだが、イチロー選手が日米通算で4,000本のヒットを重ねてきた裏側には、13,000回以上の凡退した打席がある。

そして、「やってみる」を支えるのは、「失敗しても大丈夫」というマインドである。

しかし、完璧主義という名の怖れや、
失敗を許せない自己否定、
周りの人の目を気にしてしまうマインドがあると、
「やってみる」という行為はとてつもなくハードルが高い。

つまりは、「アウトプット」の前段階に、「マインド、内面を整える」ということが来るのだろう。

この間、そんな散文を書いたが、このところそんなことを感じている。

夢と内省のあいだ - 大嵜 直人のブログ

ということで、このとりとめもない文も、忘れないうちにとりあえずアウトプットしてみよう。