大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

The Artist's Way 【2日目/基本ツール、誓約書】

ジュリア・キャメロン著

「The Artist's Way(邦題:ずっとやりたかったことを、やりなさい。)」

のワーク実践2日目。

 

序文に続いては、この本のワークを通じて使う二つの基本ツールが示されている。

 

「モーニング・ページ」と「アーティスト・デート」と呼ばれるものだ。

 

「モーニング・ページ」とは、朝起きぬけにノート3ページ、頭の中に浮かんでいることを書く、というワーク。

そして「アーティスト・デート」とは、心の趣くままにする自分自身とのデートのことである。

 

「モーニング・ページ」について、本文から引用してみたい。

 

モーニング・ページとはなんだろう?ひと言でいうなら、三ページほどの手書きの文章であり、意識の流れをありのままにつづったものだ。

「基本ツール」 p.25

 

あなたがモーニング・ページに書く怒りや、めそめそした泣き言は、あなたとあなたの創造性の間に立ちはだかっているものを表している。仕事や洗濯物、車のおかしなエンジン音、恋人の奇妙な視線といったものを思いわずらう気持ちが、私たちの潜在意識の中に渦巻き、日々の活動を邪魔しているのだ。それをモーニング・ページに書き出してみよう。

「基本ツール」 p.26

 

「なんのためにモーニング・ページを書くのですか?」と聞かれると、私は冗談でこう答える。「向こう側に行くためです」。みんなは私がからかっていると思うが、そうではない。モーニング・ページは文字どおり、私たちを向こう側に連れていってくれるのだ。私たちの恐怖や否定性、気分の向こう側である。私たちは、検閲官の戯言が届かないところに、自分自身の静かな中心を見出すのだ。そして、自分たちの創造主であると同時に自分自身でもある、静かなささやきを聞くのである。

「基本ツール」 p.28

 

そうなのだ。

私たちが聞くべきなのは、大きな喧騒ではなくて、小さな静かなささやきなのだ。

 

頭の中のいろんな声に惑わされて混乱していると、その小さなか細い声を聞き逃す。

 

私は、以前にこの「モーニング・ページ」と似たようなワークをやっていた。

 

このブログを書き始めるきっかけを与えてくださった根本裕幸さんが提唱されている、「お恨み帳」というワークだ。

 

その名の通り、ノートなり和紙なりに、いま感じている「怒り」「恨み辛み」などを書き殴っていくワークだ。

 

こう書くと「アブナイ人」のように見えるかもしれないが、これにはれっきとした理由と効用がある。

 

nemotohiroyuki.jp

 

自分が自覚していない、あるいは抑え込んでいる厄介な感情を、書くことで昇華させましょう、ということだ。

 

感情とは天邪鬼で、それを抑えようとすると膨れ上がり、感じ尽くすとすっきりと消えていくという性質がある。

 

そして私がそうであったように、多くの人にとって苦手な感情が「怒り」である。

 

私がずっと抑え込んでいた両親との別れの寂しさと向き合い、それを感じるようになってから、次に訪れた感情は爆発的な「怒り」であった。

 

それを無理に抑え込もうとしては、どうにもならず肚の中で消化不良を起こして、それでも「怒ってはいけない」と抑え込もうとして、辛かった。

 

それは、お腹を壊して下腹部に猛烈な痛みを感じているのに、トイレに行かずに無理やり押さえ込もうとするくらい、愚かなことだった。

 

もはや、その状態で何か建設的なことや明日の事を考えられるわけがない。

 

私は「怒り」をノート(お恨み帳)に書き殴ることで流れていき、すっきりとすることができた。

 

感情は、感じ尽くすと昇華され消えていくのだ。

 

「モーニング・ページ」も「お恨み帳」と似たようなものなのかもしれない。

 

毎日、それを続けようと書いてある。

 

ちょうど断酒もしたことだし、毎日少しだけ早く起きて、習慣化してみようと思う。

 

 

そして、もう一つの基本ツール「アーティスト・デート」。

 

アーティスト・デートとは、あなた自身の創造的な心(それを本書では、内部のアーティストと呼ぶ)を育むために特別に確保される、週二時間ほどの時間のかたまりである。基本になるのはそのものずばり、デートだ。とはいっても、連れがいるわけではない。それは、あなたと内部のアーティスト、すなわち自分の内部にいる創造的な子どもとのデートなのだ。つまり、恋人も、友人も、伴侶も、子どもたちとも無縁だということである。

「基本ツール」 p.33

 

あなたの中に、アーティスト・デートを避けようとする傾向があるとすれば、それは自分と親しむことを恐れているほかならない。しかし、自らの創造性としかるべき関係を取り結ぶには、じっくり時間をかけて自分と親しみ、自分を知る必要がある。

「基本ツール」 p.35

 

こちらも言い換えれば、「心の趣くままに、好きなことをしましょう」ということになるのだろう。

 

何も、好きなこととはお金のかかることとは限らない。

 

その「心」とは、自らの内に眠るアーティストの子どもなのだから。

 

誰にも邪魔されず、自らの内なる子どもと遊ぶ時間を確保すること。

 

それこそが、創造性の源泉になると著者は述べている。

 

風景を眺める、絵を描く、がらくたのようなものを手に取ってみる、心のままに歌う・・・いろんな遊びをする「まとまった時間」を、計画的に確保していこうと思う。

 

 

さて、この基本ツールの説明の中で、とても腑に落ちた一節があったので、一緒に紹介したい。

 

よく、アートは苦しみから生まれるといわれるが、それは、苦しみが細部(たとえば、失った恋人の痛々しいほど美しい首の曲線)に注目するように強いるからだ。もちろん、アートには、広範な手法や壮大な枠組み、偉大なプランといったものも欠かせない。けれども、私たちの心に居残りつづけるのは、細部に対する注意なのだ。

「基本ツール」 p.36

 

私がこれまで書いてきたブログの中で、なぜか心が揺れているときに書くエントリーが、よく読まれ、シェアされるという傾向があった。

 

それがなぜなのか、不思議に思っていたのだが、ようやくそれを言語化してくれたような気がした。

 

心が苦しいとき、全体を見る視点は失われ、ただ一点の細部に集中する。

 

おそらくは、人の心に残る表現とは、その細部への集中した意識なのだ。

 

私が母を失って痛みに耐えていたあのとき、お寺の境内に咲いていたしだれ桜の少し濃いピンクの小さな花のように。

 

 

この章の最後に、「アーティストになる誓約書」なるものを書きましょう、とあった。

 

せっかくなので、今使っているノートに手書きで書いてみた。

 

ここにアップして、退路を断とうと思う。

 

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12週後が楽しみだ。