大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

立冬を臨む霜月の小雨の降る橋の上で「断酒」という史上最大の手放しを決意すること。

本日を以て、無期限の断酒を宣言する。

 

正確には週末飲んでいないので3日目になるが、酒を断とうと思う。

 

お酒が嫌いになったわけではなく、また何か失敗をしたわけでもない。

 

お酒は大好きだし、お酒の魅力も十二分に理解しているつもりである。

 

だからこそ、である。

 

 

きっかけは、昨日小雨の中、家の中で退屈した息子と娘と近所の川のカメにエサをやりに散歩に出かけたときだった。

 

川の橋までの道を歩いている間に、ふと「酒をやめたらどうだろう」と思ったことである。

 

何の脈絡もない話ではあるが、深い「気づき」というのは、何もドラマティックな状況で起こるわけではないと思うである。

 

感動的な映画を観た、あるいはいい本を読んだ、すごい人の話を聞いた・・・そうしたときに起こる「演出された気づき」というのは、二日酔いのようにキックバックがあると思っている。

 

ただし、それを日常の中に落とし込んだときに現れる、静かなふとした気付きには、従ったほうがいい。

 

立冬も近づき、小雨で肌寒い橋の上からカメにパンをぽいぽい投げる息子と娘をぼんやり眺めながら、私は静かに肚を決めた。

 

不思議ともったいないという感情はなかった。

 

むしろ、酒がない世界で私は何を見つけるのだろう、という期待の方が大きかった。

 

「手放す」と「入る」と言うが、これは言ってみれば私にとって「最ももったいないと思うもの」を「手放す」という、史上最大級のチャレンジであると思った。

 

 

お酒は大好きだし、命の水だと思っている。

 

胸のうちに溜め込んできた寂しい感情や、出口のない迷路に迷い込んだとき、酒は一時的にでも私の心を癒してくれた。

 

自分で思うのだが、おそらく私は酒が飲めなければ、感情を抑え込んでいた20代の頃に別のアンダーグラウンドなモノに嵌っていた可能性が高い。

 

それが身体を壊すほどのワーカホリックなのか、ギャンブルなのか、風俗なのか、あるいはもっと別の何か刺激のあるものなのか、分からないが。

 

まあそれは別として、お酒には感謝しているし、お酒が飲めてよかったと思うし、数えきれないくらいお酒の席で笑ってきた。

 

けれども、橋の上での気づきは、深く確信めいたものだった。

 

あぁ、やっぱりそうなるか、と。

 

決めたら、あとは理由探しだ。

 

理があるから、決めるのではない。

 

おそらく、人生の航路の選択における真実とは、

 

決めてから、理由を探すのだ。

 

 

ざっと考えて、思いつく理由は三つ。

 

一つは、私は自分が思っているよりも意志が弱く、お酒にも弱い、ということ。

 

私がお酒を飲むと、飲んだ後の時間と翌朝は使いものにならない。

 

お酒を飲んでも本が読めたり、文章を書けたりする人が私の周りにもいるが、そうした人は心底うらやましいと思うし、嫉妬すらする。

 

じゃあ、頭を使えるくらいで飲むのを止めればいいのではないかと思われるかもしれないが、私は意志の弱い人間なので「ちょっと飲む」ということができない。

 

飲み始めたら、気持ちよくなるまで飲みたくなってしまうのである。

 

その調節ができないなら、0にすればその葛藤は解決する。

 

二つ目は、時間を作りたい、ということ。

 

これは一つ目と関連するのだが、「一人で」「好きなことを」「好きなように」する時間がもっと欲しい、という葛藤が最近少なからずあった。

 

もちろんお酒を飲むことも「好きなこと」の一つではあるのだが、問題は先ほど書いたように、お酒を飲むと「それ以外の好きなこと」ができなくなるという葛藤があるのである。

 

これも、解決策は一つだ。

 

飲酒とそれ以外のやりたいことバランスが取れないのであれば、飲まなければいい。

 

この二つの理由はネガティブに見えるかもしれないが、あくまで肯定的な選択として私は感じている。

 

三つ目は、少し抽象的だが「お酒を飲まない世界」を覗いてみたい、ということ。

 

お酒が飲めてよかったと思うし、美味しい肴と一緒にお酒が飲めるほど幸せなことはないと思う。

 

さて、ものごとには陰陽があるように、もしそうであるならば、その逆の「お酒を飲まない世界」にも魅力や幸せなことがあるはずである。

 

それが何なのか、一度見てみたいのだ。

 

お酒と出会って20年ほど、お酒のない世界とはどのようなものなのか、少しワクワクもしている。

 

もしかしたら、いままで食べてきた美味しい肴を、酔って鈍った味覚で食べるよりも、もっと鋭敏な感覚で味わうという感動を得ることができるかもしれない。

 

 

この史上最大級のチャレンジがどのような結果になるのか、楽しみに自分の変化を眺めてみたい。

 

「制限」とは、「才能」を開花させる一つの鍵であると思っている。

 

人気漫画の「HUNTER×HUNTER」では、「制約」を自分に課すことで「能力」を飛躍的に向上させるキャラクターたちが出てくる。

 

願わくば、私のチャレンジもそんな鍵になることを祈っている。

 

まあそう大言壮語を吐いておいて、舌の根も乾かぬうちに日本酒をあおっているかもしれないし、時間が経てばまた考えも変わるのかもしれないが、そのときは大目に見て頂きたい。

 

何でもやってみることに、価値があるのだから。

 

 

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