いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました。
昨日は1年ぶりに登った多度山で、地獄から奇跡を見たお話しをさせて頂きましたが、今日はそのお話しの後に訪れた「多度大社」の訪問記を。
今回多度を訪れたのは「多度山」に登るのもそうなのですが、「多度大社」に再訪するのも目的の一つでした。
去年の6月に「多度山」の登山にあわせて「多度大社」に参詣してから、なぜかご縁がつながって、そこから1年ほどの間に伊勢神宮、熊野三社、宮津三社、北海道神宮と各地の神社に参詣することができました。
そのスタートになった、「多度大社」にもう一度参詣したいと思ったのです。
「多度大社」は、かの天照大神(あまてらすおおみかみ)の子といわれる天津彦根命(あまつひこねのみこと)を主祭神としているそうです。
そのためあの伊勢神宮とのかかわりが深く、「北伊勢大神宮」とも呼ばれるそうで、
「お伊勢参らばお多度もかけよ、お多度かけねば片参り」
そんなふうに謡われてきたそうです。
歴史的には5世紀後半の雄略天皇の時代に創建され、戦国時代に織田信長の焼打ちにあったそうですが、江戸時代(1605年)に桑名藩主本田忠勝公の寄進により再建されたそうです。
このあたりの歴史は、調べていると尽きなくて面白いですね。
多度大社の鳥居は、桑名東インターを降りて258号線を北上して曲がった道に現れます。
写真は鳥居から入ったところから撮影していますが、道の途中に鳥居があるということは、多度山を含めたこのあたりの一帯が神域ということのなのでしょうか。
訪れたのはお盆真っ只中の期間でしたので、夏祭り(提灯祭り)が開催されていました。
紅白のたくさんの提灯が並んで、賑やかな雰囲気でした。
多度大社といえば、5月のゴールデンウィーク頃に行われる多度祭の中の「上げ馬神事」が有名です。
境内にも、神馬がいらっしゃいました。
錦山というお名前なのでしょうか。
一皿100円でニンジンを買って供えることもできます。
もちろんお供えしましたところ、喜んでお召し上がりいただきました。
境内の末社、雨宮八幡社。
清々しい空気でした。
このほかにも「招魂社」という、この近辺の出身で西南戦争以後に英霊となられた方を祀る社がありました。
終戦の日が近いこともあり、しばらく手を合わせてきました。
境内の一番奥の本宮の入り口です。
本宮は少し写真を撮るのがためらわれたので、入り口だけで。
多度山と一体となった、厳かな空気が流れていました。
本宮の奥から流れ出てくる水が、小川になっているところが、本宮からの帰り道にありました。
その清浄な水に少し手を当てていたところ、遠目では気づかなかったのですがメダカがたくさん泳いでいました。
小さな身体をくねらせて泳ぐ姿が、水面に輝いていました。
多度大社のおとなりの「多度観音堂」にもお参りしてきました。
千手観音菩薩と十一面観音菩薩にご挨拶してきました。
この日の空はパワフルな雲がたくさん出ていました。
多度山をバックに、田んぼの風景があまりに美しかったので、思わず車を停めて写真を一枚。
この風景を見ていると、多度山自体が御神体として信仰を集めてきたのも分かるような気がします。
登山で熱中症になりかけながらも、多度大社では冷房の効いた休憩所で休みつつ無事にお参りすることができました。
一年と少し前に訪れたときには、本宮の中に入っても、
「ほえー、こんな感じなのね」
くらいにしか感じませんでしたが、今回はとても厳かな空気を感じることができたり、とても心地よい水が流れている場所を見つけられたりと、感じることが変化したようです。
やはり人の変化や成長というのは定点観測で見ると、よく分かるようです。
人はどうしても周りの人や環境と比較してしまいがちですが、それよりも1年前の自分と比較してみると、変化したこと成長したことが見つけやすいのかもしれません。
1年前に考えていたこと、していたこと。
そこから変化や成長したことは、何だろうか、と。
少なくとも、前回多度大社を訪れたときは、このブログを始めてはいませんでした。
そんなことを感じた、多度大社再訪でした。
今日もお越し頂きまして、ありがとうございました。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。