大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

1年ぶりに登った多度山で、地獄から奇跡を見たお話

先日、三重県の多度山に登ってきました。

 

以前登ったときの記事がこちらです。

  

kappou-oosaki.hatenablog.jp

 

そのときが昨年の6月くらいでしたから、1年とちょっとぶりということになります。

 

前回登った時は、両親との別離から切ってしまっていた感情を取り戻しつつあった時期で、私が小さい頃に両親と訪れた場所を訪れて、その愛された記憶を取り戻していくというようなことをしていたように覚えています。

 

私の手元に残っている、数少ない幼少期の写真。

その中に、母親とどこかの山の山頂で写っている写真がありました。

 

その山がどこかわからず、記憶の中に名前が残る多度山を30年ぶりくらいに訪れた、というのが前回経緯でした。

 

結局、その写真の山は多度山ではなかったのですが、山登りがとても心地よく満たされたので、また今回も足を伸ばしてみました。

 

===============

 

その日は、お盆も真っ只中の日だった。

前回は電車で訪れたが、今回は車で行くことにしてみた。

 

名古屋高速を西へ走っていると、大粒の雨がフロントガラスを叩いた。

山登りのため事前に天気を調べていたが、快晴のはずだったのに、と訝しむ。

 

幸いにも通り雨だったようで、名古屋西インターから東名高速になったあたりで、雨はすでに止んでいた。

ほとんど雨予報はなかったと思ったが、祝福の雨だと思うことにした。

 

ほどなく桑名東インターを降り、出発から1時間ちょっとで多度大社の駐車場に着いた。

 

スマホを見ると、午前8時の時点で桑名市の気温は28℃。

今日は32℃まで上がるらしい。

 

先週まで40℃を超える酷暑もあった名古屋から来ると、32℃と聞いても涼しく感じる。

慣れというのは恐ろしいものだ。

 

虫刺されを用心して、長袖のジャージに着替えて登山道に向かっていく。

 

途中、「多度峡天然プール」とやらを通りかかる。

午前8時台で、すでに多くの家族連れが遊んでいた。

 

f:id:kappou_oosaki:20180817212820j:plain

 

川で涼む人もいれば、私のように好き好んでこの暑い中、山を登る人もいて、面白いなと思う。

 

多度峡から少し歩いていくと、すぐに山道に入る。

ここでも雨が降ったようで、地面は濡れており、むっとした暑さに汗が噴き出る。

 

耳に聞こえるのは、ツクツクボウシとミンミンゼミの鳴き声のみ。

 

そういえば、ミンミンゼミの鳴き声は久しぶりに聞いた。

アブラゼミクマゼミの強い生命力に押されて個体数が減っていると聞いたことがあるが、この鳴き声もまた趣深い。

 

やはり、山歩きはいい。

 

一人で歩いている時間は、瞑想と似ている。

普段ぐるぐると回り過ぎている思考も、蝉時雨に流されていくようだ。

 

f:id:kappou_oosaki:20180817212808j:plain

 

異変が起こったのは、30分ほど歩いたあたりだった。

 

    ヴヴヴヴヴッヴヴヴヴ・・

 

右耳のあたりで、野太い羽音を聞いた。

「ブ」じゃなくて、「ヴ」。

アブか何かかと思い、首にかけていたタオルで右耳のあたりを振り払った。

 

しかしすぐに、

 

   ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・

 

同じような羽音が左耳のあたりで響いた。

私はタオルを何度も振り回し、その羽音を振り払おうとした。

 

けれども、すぐにその羽音は右耳のあたりに移動して唸っている。

 

明らかに、ホバリングしている。

威嚇されているのは、虫ではなくて、私の方だった。

 

視界にわずかに入った、黄色と黒の大きな胴体。

 

一瞬で、小学生の頃の記憶か蘇った。

家の近所の材木置き場で、スズメバチの巣があることに気づかず、襲われて刺されて泣きながら飛んで帰った、あの記憶。

 

カチッカチッという最終通告が来たが、最後。

ヤツラは仲間を連れてやってくる。

 

背筋に冷たいものを感じ、私は駆け出していた。

だらだらと続く上り坂を、私は無心で駆け足で走り続けた。

 

息が上がってもう走らないと思い、膝に手を当てて立ち止まる。

慣れない山道を走ったおかげで、足はガクガクと震えていた。

 

息を整えようとしたところで、また私は右耳のあたりで聞いてしまった。

あの野太い羽音を。

 

軽くパニックになって、私は再び走り出した。

 

それまでは何度か登山客やロードバイクで走る方とすれ違っていたのに、なぜか一人もすれ違わない。

 

それまで心地よく感じていた一人歩きが、急に恐ろしく、怖く感じられた。

一人は怖い、一人はイヤだ、誰かいないのか・・・

 

かなり長い距離を、駆け足で走ったと思う。

もう限界で息が続かなくなり、私はうずくまった。

 

ツクツクボウシの鳴き声が、なぜか遠くに感じられた。

汗を拭おうとしたが、右手の小指が小刻みに震えていた。

 

あ、これ、あかんやつや。

 

すぐに水を取り出して口に含んだが、手の震えはひどくなっていった。

 

熱中症は、それに気づいたときには、すでに遅い。

 

そんな恐ろしいフレーズを思い出して、さらに怖くなる。

 

今できる熱中症対策・・・そうだ、長袖を脱げばいいのか!

そんなことにも気づかないくらい、私は動揺していた。

 

長袖の上着を脱ぐと、こもっていた熱気が失せて、少し楽になったようだった。

 

3歩ほど歩いてはうずくまり、水分を取り、息を整える。

びっくりするくらい歩みは遅く、また驚くほどに早く水筒とペットポトルの水がなくなっていった。

 

なぜ誰も来ないのだろう・・・こんなところに来なきゃよかった・・・

 

そんなことを思いながら、一歩、また一歩とのろのろとした歩みを進める。

長い長い時間を歩いた気がしたが、何とか山頂近くの見晴らしのいい場所までたどり着いた。

 

f:id:kappou_oosaki:20180817212419j:plain


 

 

ベンチに腰掛け、一息つく。

吹く風が身体の熱気を冷ますごとに、少しずつ私は落ち着きを取り戻してきた。

 

下山まであとどれくらいかかるのだろう?

水分は足りるのだろうか。

 

そんなことを考えていると、隣のベンチに一人の女性の方が座った。

髪に白いものがまじった、小柄な女性。

 

「気持ちいいですね」

 

と挨拶のあとに声をかけて頂いたので、「そうですね」と私は答えた。

 

「学生さんですか?」

 

女性なら若く見られることは嬉しいのかもしれないが、齢38になった男性が学生に間違われるというのは、どうも気恥ずかしい。

 

 「いえ、社会人です」

 

そんなやりとりをしていると、何となしに山頂までの道をご一緒することになった。

 

それまであんなにも一人で怖く、苦痛だった山道が、そばに人がいるだけで心強く楽しい道に変わっていた。

 

ほどなくして山頂にたどり着いて、その女性の方も私も持参した食事を摂った。

 

f:id:kappou_oosaki:20180817212408j:plain

 

山頂で食べるおにぎりは、なぜあんなにも美味しいのだろう。

 

この日はふりかけと鮭フレーク。

そして、冷蔵庫にベーコンがあったので、塩胡椒で強めに炒めて具にした。

 

木曽川長良川揖斐川木曽三川を見下ろす絶景を眺めながら、しばし至福の時間を過ごした。

 

女性の下山もご一緒しますか、とのお誘いに、よろしければぜひ、と私は答えた。

 

水道を探す私に、余っているから、とペットボトルの水をくれた。

 

ぽつりぽつりと女性と話しながら、私は山を下った。

 

聞けば、私と同じ名古屋から来ているそうだ。

 

今年の3月に長年連れ添ったパートナーを病気で亡くされた、とも。

そしてご主人との思い出の山に、このお盆に登りに来たそうだ。

 

そういえば、山頂の公園のベンチでも遺影を飾っておられた。

 

気づけば私も、十数年前に両親との別離があったこと、幼い頃に登った山だから、と話していた。

 

何かに無心になっているとき、人は正直になる。

 

「もう半年も経ってしまったけれど、どれくらいしたら立ち直れますかね」

 

ぽつりと、その女性は呟いた。

 

「立ち直れないくらい大切な方を亡くされたのでしょうから、無理して立ち直らなくていいと思います」

 

私はそう答えていた。

女性は無言だった。

 

山の下りは足が辛いが、時間的には早い。

 

気づけばあっという間に登山道を降りて、多度大社の駐車場にたどり着いた。

偶然にも、その女性は私の隣に車を停めていた。

 

ご縁ですね、と言いながら、私は多度大社にお参りに行ってきますと伝え、御礼を言ってその女性と別れた。

 

どうも懐かしい雰囲気のする、その女性。

 

多度大社の鳥居をくぐり、並んでいた提灯を見て、私はふと気がついた。

 

f:id:kappou_oosaki:20180817213117j:plain

 

そうか、今日はお盆だった。

 

もしかしたら。

 

母が亡くなったとき、私はまだ学生だった。

あの女性は、38の私を学生と見間違えた。

 

どこかで、つながっていたのかもしれない。

 

父が亡くなってから、残された母は一人で暮らしていた。

 

あの女性が言ったように、

 

「どれくらいしたら立ち直れるのだろうか」

 

そんなことを思いながら、日々を暮らしていたのだろうか。

 

そして立ち直る前に、母もまた鬼籍に入ってしまったのだろうか。

 

そう考えると、やりきれない想いが私の胸を刺した。

 

それでも。

 

地獄のような登山になりそうだったところ、多度の神さまはあの女性に会わせてくださった。

 

今日、ここに来てよかった。

一人もいいけど、やっぱり奇跡は二人以上で観測されるのかもしれない。

 

そんなことを思いながら、私は多度大社に御礼を伝えに行った。