大嵜直人のブログ

文筆家・心理カウンセラー。死別や失恋、挫折といった喪失感から、つながりと安心感を取り戻すお手伝いをしております。

童心。 〜オレンジのグラデーションの下のセミ捕りに、この世界の完璧さを想うこと

先週末、息子殿に連れられてセミ捕りをしておりました。

少年時代を思い出し、童心に帰る時間でした。

 

「セミがまた鳴いているよ」

日曜日の夕方4時、息子はアピールを始めた。

記録的な猛暑となったこの週末、名古屋では38℃という体温よりも高い気温を示していた。

温泉や銭湯なら気持ちよく浸かっていられる温度だが、気温となるとこうも体力を奪うのは、なぜだろう。

気温もまた記録的なのだが、すでに昨日3回今日2回の計5回と猛暑の中、修行のようなセミ捕りツアーを敢行していた。

近所の公園をいくつか周ってみたが、川沿いの桜並木が一番セミの数が多かった。

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やはりこの時期に捕れるのは、ほとんどがアブラゼミ。

めずらしくクマゼミが取れた今朝、息子は大喜びしていた。

捕まえたセミは虫かごに入れて持ち帰り、また次の出陣の時にもとの場所でリリースするという、三途の川の石積みのような荒行を繰り返していた。

息子は「木の樹液を持って帰れば飼える!」と主張するのだが、セミの飼育は困難であることを懇々と説き伏せ、何とかこのスタイルに落ち着いた。

それにしても、虫かごの中でも本気で鳴くアブラゼミ6匹が家の中にいたときは、あまりに喧しく暑さも10倍になった気がした。

「それじゃ、行くか」

半分白目で、私は重い腰を上げた。

いつも息子の遊びに付き合う娘も、ついてくるようだ。

玄関のドアを開けると、日中と比べて少しだけ熱気が緩んでいた気がした。

目的地は、同じく川沿いの桜並木。

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時間帯によって鳴く種類に違いがあるようで、午前中はクマゼミのシャーシャーシャーという鳴き声が優勢だったが、夕方はアブラゼミのジジジジジという鳴き声ばかりが聞こえた。

そういえば、30年くらい前の私もああやってタモを持って近所の公園を走り回っていた。

夏の昆虫と言えば、カブトムシとクワガタが王道だが、私の実家の周りにはあまり彼らが捕れるスポットがなかった。

いや、実際はあったのかもしれないが、よく一人で出かけていた少年の私には、そのスポットを知るすべがなかっただけなのかもしれない。

もっぱら、市民会館の隣の小さな公園で、一人タモを振り回していた。

アブラゼミ、ニイニイゼミ、ツクツクボウシ、モンシロチョウ、アゲハチョウ、アオスジアゲハ、シオカラトンボ、アキアカネ、カミキリムシ、カマキリ、トノサマバッタ、ギンヤンマ、オニヤンマ・・・そんな面々が、いつもの私の夏の友達だった。

よく飽きもせず、一人でタモを振り回していたものだと思う。

寂しくは、なかったのだろうか。
と、自分のことながら不思議に思ってしまう。

きっと、無心だったのだろう。

目に映る彼らの美しいフォルムとその機能美が、少年の私の心を捕えて離さなかったのだと思う。

当時、夏休みは祖母の家で過ごすことの多かった私は、宝石でいっぱいになった虫かごを意気揚々と持ち帰り、祖母に誇らしげに見せていたことも、覚えている。

そんなことを思い出しながら、夕焼けの空の下で息子と娘とセミを探す。

「なきごえはきこえるけど、みつからないよ」

「さっき捕まえ過ぎたから、セミさんも警戒してるんじゃない?」

「いた!はやく、たかいたかいして!」

そんな会話をしながら、結局この遠征はアブラゼミ一匹という釣果であった。

「セミさんはね、ずっとつちのなかですごしてから、でてくるんだよ」

小さな先生の講義を聞きながら、言われてみれば、このセミも6年以上も土の中で過ごしてきて、ようやく今年の夏に外界に出てきたのだろうと思った。

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誰に言われたわけでも指示されたわけでもなく、
ましてカレンダーやアラームが鳴ったわけでもない。

それでも、時が満ちれば
どのセミも地上に出てきて、
木を登り、
そして羽化していく。

それはきっと、この小さな身体に備え付けられた生物としての本能なのだろう。

この小さなセミにもそんな力が備わっているとしたら、

私たちの誰しもが、地上に出てきて、羽化して飛び立つタイミングを「すでに」知っているのだろうと思う。

誰に指示されたわけでもないし、何かを言われたわけでもなくても。
誰しもが、飛び立つ完璧なタイミングを「すでに」知っているのだろう。

虫かごの中から空に飛び立つセミを小さな先生たちと眺めながら、そんなことを思った。

気づけば、暖かい色のグラデーションをしたカクテルライトがあたりを照らしていた。

もうすでに、

今このままで、

この世界は完璧で、

かくも美しい。

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