【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

愛されること、信頼されること 〜長子と末っ子それぞれが欲しかったものとは

いらっしゃいませ、「言の葉割烹おおさき」へようこそお越しくださいました。
店主のおおさきです。

 

昨日、競馬ブログ&WEBフリーペーパー「ウマフリ」さん に寄稿させて頂いた記事のリンクをご紹介した際に、「書くのが難しかった」と綴らせて頂きました。

 

kappou-oosaki.hatenablog.jp


前々回、前回と過去2回寄稿させて頂いた際よりも難しかったのですが、その心理的な要因について少し考えてみたいと思います。

 

鍵になるのは、親からの愛情と信頼のようです。

 

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私は競馬は好きですし、書くことが好きです。

その二つを絡めて、人とサラブレッドの織りなすレースを「私自身の」目線で書くことが楽しく、これまでいろんなレースに寄せて綴ってきました。


縁あって「ウマフリ」さんにお声がけ頂き、寄稿させて頂いておりますが、今まで自分の好きなように書いてきたのですね。

 

それが過去2回投稿をさせて頂いたことで、私の周りの方もそれについて知って頂けるようになりました。

 

これが嬉しい反面、怖いんです。

 

少し前に、ある方から「宝塚記念は、どの馬について書くの?」と尋ねられました。
私は「メイショウドトウを書こうかと思ってます」とお答えしたものの、これがプレッシャーなんですね。

 

要は、自分の好きなようにやっているのはいいのですが、周りに期待されるのが怖いんですね。


周りの期待に応えよう、いい記事を書こう、と変な力が入ってしまうと、ダメなんです。

 

絶対に負けられない戦いは、絶対に負ける、というようなアイロニーもありますが、自分で勝手に「絶対に負けられない戦い」にしてしまうわけです。

 

これは不思議なもので、周りからのプレッシャーや期待を自分の糧や力とする方もいらっしゃいます。


一方で私の場合は、周りに期待されると、それに応えないといけないと思い込んでしまい、身動きが取れなくなるようです。

 

周囲の期待やプレッシャーが怖い。

 

これはどこから来ているのかと内観していたら、ふと自分の家族や親との関係から来ているように思いました。

 

私は姉二人の末っ子長男でした。


末っ子長男の多くがそうであるように、幼少期から家族の全方位から可愛がられてきたように思います。

意識的にせよ無意識的にせよ、家族の中でピエロの役割を演じることが多かったようです。

 

その後、両親との死別を経験して、極度に「何でも自分がやらないと!」という自立の方に振れ過ぎて「ボキッ」といきましたが、根は「周りがきっと助けてくれるから大丈夫」というマインドのようなのです。

 

きょうだいがいない場合はちょっと話が別なのですが、きょうだい、すなわち生まれた順番んよって家族の中で獲得していく役割というものがあります。

 

長男・長女に近いと「あなたならできる」という「信頼」を寄せられることが多く、これと逆に末っ子に近いと「あなたは何をしていても可愛い」という「愛情」を与えられることが多いようです。

 

これが少しこじれたりすると、

 

「おにいちゃん/おねえちゃんなんだから(出来るでしょ)」
 → 両親は全然私のことを見てくれなかった・・・

 

「いくつになってもあの子は手がかかるわね」
 → やっぱり僕は何をやってもダメなんだな・・・

 

という心の傷やネガティブな思い込みになってしまったりするようです。

 

私たちは成長する中で、このどちらかの思い込みを持ちやすく、思春期、成人を経て、この思い込みで生き辛くなることがあります。

 

前者は「いい子でなくても、成績が悪くても、どんな悪い私でも両親は愛してくれていた」という無償の愛情。

 

後者は「自分には無限の可能性があって、それを実現できる力があると両親が信じてくれていた」という絶対的な信頼。

 

両者にとっては、それらを思い出すことが生き辛さを解消してくれるように思うのです。

 

さて、末っ子長男の私は完全に後者で、期待されると怖くなって、逃げ出したくなります。

 

みんな、私が書いていることを知っている。
ひょっとして、ひょっとすると、期待されているかもしれない。
期待に応えられなかったら、どうしよう・・・

 

というように。

 

と、書けない理由がぽろぽろと出てきました。
それでも、何となく理由が分かるとスッキリしました。

 

短所や欠点は直さない方がいい。


その怖さは、多分私の特性。

それよりも、長所やできることにフォーカスした方がいい。


競馬が好きなら、書くことが好きなら、書いてみればいい。

 

出来あがったものがショボくて、周りの期待を裏切るかもしれない。

 

それは、書いてみないことには分からない。

 

もしそうだったら、また書けばいい。
好きならば、きっと続けられるはず。

 

そう、このブログのように。

 

そう思って、何とか書いた宝塚記念の記事でした。


メイショウドトウと安田騎手の歩みと宝塚記念でのカタルシスを、もっともっと掘り下げることができたようにも思いますが、今の私の精一杯でした。

 

なので、今はアウトプットをできたこと自体を褒めたいと思います。

 

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今日は「ウマフリ」さんへの寄稿から、親からの愛情と信頼について綴ってみました。


やはり、好きなことをアウトプットし続けていると、いろんな気づきがあるようです。

 

今日もお越し頂きまして、ありがとうございました。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

 

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