大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

そういえば、ここのところ超絶「雨男」だったと気付いた件

今年初めての台風が北上してきたようですが、心配されたほどの大雨にはならずに通過していきました。


ただ当店の周りも梅雨時期らしく、ぐずついた天気が続いています。

 

分厚い雲に覆われた梅雨空を見上げていると、ふと先月から出かける際にはずっと雨が降っていたことを思い出しました。

 

ゴールデンウィークの東京も少しぐずついていましたし、

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その翌週の千葉県のお馬さんではない方の夢の国では大雨注意報でしたし、 

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宮津の田植えでも雨に打たれました。

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そして、先週末の東京でも雨が降っていました。 

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梅雨入りする前から、結構な確率で雨の日に当たっているな、と。


間違いなく、ここのところの私はよく言われるところの「雨男」だったようです。

 

しかし、よくよく考えてみると、「晴れ男」「雨男」というその分類は以前に流行った「マーフィーの法則」と同じ、記憶の選別とでも呼ぶべきもののように思えます。

 

「洗車をし始めたとたんに、雨が降ってきた」
という印象的な記憶のみを選別して保存しているため、「洗車をし始めると、雨が降る」と記憶してしまうように。

 

実際にはその何倍もの回数、洗車をし始めても雨が降らなかったことがあったにもかかわらず、です。

 

とっても楽しみにしていた遠足やデートが土砂降りの雨でがっかりした、という経験からの記憶だけを後生大事に持っていることで「自分は雨男だ」と思い込んでしまうように。

 

人の記憶ほど頼りにならないものもありません。

 

それまでその何千何万倍も愛を与えてもらっていたのにもかかわらず、たった一度自分の思い通りの愛を与えられなかったことで、「私は愛されていない」、「私は愛される価値がないんだ」と思い込んでしまったり。

 

それを拗らせると、よくここでお話しする「思い込み」「ブロック」「観念」「ビリーフ」といった、私たちの世界の見方に大きく影響を及ぼすものになっていくこともあるのでしょう。

 

「晴れ男」「雨男」の分類でいくと、私は以前は「晴れ男」だと思っていました。


いや、「雨男は何となくネガティブな感じがするし、周りから嫌われそうでイヤだから、自分は晴れ男じゃないといけない」と思い込んでいたのかもしれません。

 

それも今となっては、どちらでもいいように思います。

 

晴れの日には、晴れの恩恵を。
雨の日には、雨の恩恵を。

 

それを探すようになると「晴れ男」でも「雨男」でも、どちらでもよくなってきますね。

 

さて、せっかくの梅雨時期です。
雨の恩恵を探してみましょう。

 

 雨に濡れる景色が見られる。
 街でステキな柄の傘を見かけることがある。
 いろんなものを洗い流してくれる。浄化。
 田植えがされた田んぼに水が行きわたる。
 しとしとと降る雨音が聴ける。

 

他にもいろいろありそうですね。
も「これは!」というものがありましたら、ぜひお教えください。


今日もお越し頂きまして、ありがとうございました。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

 

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