大嵜 直人のブログ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

変化を受け入れるということは、今自分が感じていることを問い続けること

いらっしゃいませ、「言の葉割烹おおさき」へようこそお越しくださいました。

店主のおおさきです。

 

過去に成功した体験や昔の古傷をさらけ出すような変化は、なかなか怖れが出てくるものです。 

けれども、変化を受け入れるということは、人が生きていく中でとても大切なことのように思います。

 

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少し前に、このブログの内装やプロフィールなどを少し変更しました。

スマートフォンからだとそんなに変わったように見えないかもしれませんが、PC版のサイトだと分かりやすいかもしれません。

 

同時に、SNSのプロフィール欄も一緒に全部変更してみました。

 

少し前から「変えたいな」と何となく思いつつも、「いやいや、せっかくあんなに考えたんだし、もったいないかな」と感じたりして躊躇していました。

 

そんな風に、「もったいない」と感じたりするときほど、それを手放す時期なのかもしれません。

 

人の身体の細胞は、3ヶ月で全て体外に排出され入れ替わるそうです。

驚くべきことに、それは内臓や血液のみならず、骨などを構成するものすら、入れ替わっていくようです。

 

「ゆく川の流れは絶えずして・・・」ではないのですが、変化し続けることこそが生きていることだと言えるのかもしれません。

 

しかし、こと思考や習慣といったものになると、人はどうしても今までの人生で築いてきたものに執着してしまいがちです。

 

今までそれでうまくやってきたのですから。

 

けれど、確かなものだけでなく、不確かなものも受け入れていくという、変化を受け入れることの価値はとても大きなものがあります。

 

結構、私はこのあたり過去への執着が強くて、「過去に言っていたことと矛盾してはいけない」とか、「過去に恩恵を受けたことに対しては、ずっと敬意を払うべきだ」という思いこみ、ブロックがあるようです。

 

変化を怖れれば怖れるだけ、生は澱み、停滞してしまいます。

 

「いま」の自分を形づくってきたものたちは、未来の自分を形づくるものではない。

過去に大切だったことと、「いま」の自分が大切なものは違うかもしれない。

過去に大切だったものほど、それを手放せたとき、そのスペースに入る恩恵は大きいのかもしれません。

 

もちろん、変化することで失敗することもあるでしょう。

周りから、「前のプロフィールの方がよかった」「あの人は変わってしまった」と言われることもあるかもしれません。

 

けれども、失敗することや批判されることを許すことができると、必ずその裏側にある成功することや称賛されることもついてきます。

 

それはコインのように表裏一体だからです。

そして、コインは投げずに握り締めたままでは、表も裏も出ることはありません。

 

そう考えると、変化するということは「いま」「私は」「何を」感じているか、ということを問い続けることのように思うのです。

 

そしてそれを表現することは、変化することを怖れない大きな勇気を与えてくれるように思うのです。

 

怖れが出ても大丈夫。

今の自分が感じることを大切にしている限り、失敗はありえませんから。

 

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今日もお越し頂きましてありがとうございました。

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

 

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