【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

私が「ウマフリ」さんに寄稿するまでの経緯は、やっぱり「天命追求型」でした

先日、競馬ブログ&WEBフリーペーパー「ウマフリ」さんに寄稿させて頂いたことをご報告いたしました。


少し自分の中の整理のために、私の競馬との関わり、そして私が競馬について書いてきた経緯について綴ってみたいと思います。

 

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私が競馬という存在を知ったのは中学生の頃でした。

 

思春期の男の子特有の「アンダーグラウンドな世界を知ってるオレ、カッケー!」という中二病は、日本全国津々浦々と同じように私の周りで同じように蔓延しておりました。

 

私が中学生だったのが1990年代ですが、その当時の少年たちが興味を持っていたのが、


タバコ、酒、バイク、ロック音楽、エレキギター、女の子や性、ヤンキースタイル・ファッション、ギャンブル・・・


といったものでしょうか。

 

タバコや酒はなんだか怖そう(のちにどっぷり嵌るが・・・)、腕っぷしが弱くて小心者なのでヤンキー文化はパス、しかも奥手で女の子にモテないし、バンド仲間を探すほど突き抜けた行動力もない。

 

そんないたいけな中学生の私が、唯一触れることができたアンダーグラウンドがギャンブルでした。

 

そしてクラスの中に競馬を知っている友人がいましたので、自然と競馬に触れるようになりました。


折しも時代はオグリキャップの遺した競馬ブームの余波で、当時の中学生の教科書ともいうべきジャンプやサンデーに「みどりのマキバオー」や「優駿の門」といった競馬漫画が掲載されており、自然と「ナリタブライアン」「菊花賞」「中山競馬場」「上がり3ハロン」といった用語を、背徳感を覚えながら親しんでいきました。

 

日曜日の競馬中継を楽しみにしていたように覚えています。

 

さて、そんな風にして競馬にのめり込んでいった頃の私が大好きだった競走馬に「サイレンススズカ」という名馬がいました。


しかし1998年10月のレース中に重篤な怪我をして、そのまま亡くなってしまいました。

 

当時18歳だった私にとってその死は衝撃で、しばらく喪に服さなくては、という気分と競馬そのものへの罪悪感を感じ、以前のように競馬を見られなくなりました。

 

サラブレッドはどうやって死んでいくんだろう。

 

競馬の神様と呼ばれた故・大川慶次郎さんの書かれた「サラブレッド101頭の死に方」という、タイトルそのままのサラブレッドの死に際のストーリを集めた本に感銘を受けたり、さらにはいろんなところで情報を得ていく中で、スポットの当たる名馬以外の大多数の馬がたどる「廃用」という言葉を知ったりしました。

 

知れば知るほどに、人間のエゴと愛が渦巻くのがサラブレッドという生き物だと思うようになりました。

 

その後、私は20歳すぎに肉親との別れを立て続けに経験したことで、感情を抑えてワーカホリックになり好きなことを遠ざけていき、以前ほどのめり込んで見なくなっていきました。

 

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その後、そうした別れにより傷ついた自分に気づき、その傷を癒していく中で、自分の好きなこと、心躍ることを探していきました。

 

本を読むこと、温泉、お酒を飲みに行くこと、手紙を書くこと、料理すること、昔好きだった歌、人に会いに出かけること、カラオケ、昔行った山や公園や海水浴場、ランニングなど・・・そして競馬。

 

その中で、私は日々のチャレンジとして、Facebookでいろんな自分の好きなことや考えたことや思ったことを投稿しました。

もちろん、反応が薄い日もあれば、たくさん反応して頂けた日もありました。

 

初めて競馬についての投稿したのは、ちょうど1年ほど前。


春のG1シーズンが本格的になる頃、桜花賞について書きました。

 

ハイシーズンに入り桜の開花宣言が各地から届き始めると、生き物の中でお馬さんをこよなく愛する人たちのテンションも上がってくる。

 

二十数年前、満開の桜の下で田原成貴騎手に導かれたファイトガリバーが差し切ったあのレースから、私もまたサラブレッドの走る美しさに魅せられている。

 

仁川の桜を背に、エネルギー溢れるうら若き3歳牝馬による競演。

 

4月9日、桜花賞
私が大好きな、美しいレース。

 
はい、ちょうど1年ほど前の2017年4月2日に書いたようです。

 

投稿したときの反応は、ほとんどありませんでした。
いつもの投稿と比べても、いいね!の数は少なかったように覚えています。

 

それでも昔のレースを振り返りながら、G1レースの前に書いては投稿していきまして、昨年の8月からこのブログを書き始めてからは、主にこちらで書くようになりました。

 

そんなことをしているうちに、以前に比べていろんな見方から競馬を見ることができるようになりました。

 

人間のエゴや、馬を経済動物として扱っている、ギャンブルだといった側面もあれば、

その反対に、サラブレッドの走る姿は、それだけで美しく人の心を揺さぶるものがあるという見方もできます。

 

そう考えると、結局それは競馬以外のこの世の中と、何ら変わりはないように思います。

 

競馬以外にしても、たとえば美味しいものを食べることとは、すなわち植物も含めたいきものの命を奪うことでもあります。

 

人のする活動に「よい」「わるい」などといった判断を入れること自体そのものが、実は大きなエゴのような気がします。

 

それを両方知った上で、どちらを「見る」のか。

 

私は、サラブレッドの疾走する美しさの方を見たいと思うのです。

それに関わる人々の、「いま」を懸命に生きる姿を見たいと思うのです。

 

自分の好きなことを探しているうちに、そんなことを私は思うようになり、競馬を通じて見える世界を綴るようになっていきました。

 

そんなこんなでわずか5行だった文章は、1年後には「ウマフリ」さんにお声がけ頂き寄稿させて頂くようになりました。

 

www.uma-furi.com
それを目標にして書き始めたわけでは全くありません。
ただ、季節とともにやってくるG1レースに、昔の思い出と今思うことを重ねながら書くのが楽しかっただけです。

 

以前にも綴らせて頂いたのですが、私は「目標達成型」ではなくて「天命追求型」のようです。

 

そうなると、やはり私にとっては「日々感度を磨いて課題や起きていることを楽しんでいくこと」が人生を充実させる方法なのだと、書きながら実感しております。

 

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今日もお越し頂きまして、ありがとうございました。
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

 

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