近代競馬の起源は、イギリスにあるとされる。
イギリスで大レースが行われるアスコット競馬場はウインザー城の近くに位置し、英国王室が所有している。
日本でも、競馬を愛する彼の国の女王の来日を記念して、秋にその名を冠したG1レース「エリザベス女王杯」が行われる。
さて、もともと英国貴族のたしなみであった競馬は、出走する各馬の馬主が賞金を持ち寄り、その賞金を着順により分配していた「ステーク・レース(Stake Race)」が起源とされる。
競馬のレース名によく付いている「ステークス」の語源だ。
現在の日本の中央競馬においても、大きなレースにおいて馬主は事前登録料を支払い、3着までの入着馬にその登録料を分配している。
特にクラシック競争においては、半年以上も前から都合3回の特別登録料(3回で計40万円)を支払わなければ、出走することすらできない。
もし特別登録をしていない場合は、直前に追加登録という形でも出走可能だが、その場合の登録料は200万円と高額になる。
これは権威あるレースに「記念出走」や「冷やかし」での出走がされるのを防ぐ意味があるとされる。
ちなみに、遠くフランスの凱旋門賞はレースの3日前でも出走登録が可能だが、その際の追加登録料は12万ユーロ(今日現在の130円=1ユーロのレートで約1,560万!)と超高額だ。
つまり、高額な追加登録料を支払ってまで出走してくるのは、よほど馬主がその馬の能力に自信があるか、特別登録のない愛馬をどうしてもクラシックレースに出走させたい場合くらいである。
時に2013年。
牝馬クラシックレース第2弾・優駿牝馬(オークス)に、その追加登録料を払って参戦してきた馬がいた。
メイショウマンボ。
こぶし賞、G2・フィリーズレビューを連勝して参戦した桜花賞では4番人気に支持されるも、道中からなし崩し的に脚を使わされての10着と厳しい結果だった。
鞍上は、武幸四郎。
名手・武邦彦の息子で、あの武豊の弟。
1997年に初勝利を重賞勝利で決めるというド派手なデビューを飾った後、コンスタントに関西リーディングの上位に来ていたが、2007年頃から成績は低迷していた。
馬主は、名伯楽・松本好雄。
「メイショウ」の冠名で知られるこの関西の有力馬主は、大牧場の億を超えるような良血馬は手を出さず、「人のつながり」で中小の牧場で生産された安価な馬を買うという信念の人だ。
日高の牧場の関係者からは、敬意をこめて「メイショウさん」と呼ばれ、固いつながりがある。
また長く馬主業をされているにもかかわらず調教師や騎手を信頼して口を出さず、目をかけた騎手を乗せ続けることでも知られる。
武の成績が低迷し、騎乗数が減ったときにも、「メイショウさん」は幼いころから可愛がっていた武を乗せ続けた。
桜花賞の後に「オークスに行かせてください」と願い出た武に、「メイショウさん」は一言「じゃあ、行こうか」と答えたそうだ。
果たして優駿牝馬に特別登録のなかったメイショウマンボと武は、200万円の追加登録料を支払っての出走となった。
序盤は馬群の真ん中に付けてじっくり足を溜める。
桜花賞とは違って、折り合いもついている。
直線を向いて外目に持ち出し、兄・武豊騎乗のクロフネサプライズの逃げを捉えにかかる。
こぶし賞、フィリーズレビューで見せた勝ちパターンだ。
追い込んできたエバーブロッサムを振り切ったところが、武幸四郎・復活のゴールだった。
レースの後、「メイショウさん」と握手した武は、目を潤ませる。
その涙は、低迷していた自分を信頼してくれた感謝の涙だったのか、
それとも、与えられた無償の信頼に応えることができた安堵の涙だったのか。
人生のアトラクションを乗り越えた男の涙は、いつも美しい。
桜花賞で10着に敗れたメイショウマンボの追加登録に200万円を払うことに、きっと「メイショウさん」に躊躇はなかったのだろう。
オークスの優勝賞金と天秤にかけたわけでもなく、だた自分の信じることに素直になっただけなのだろう。
お金よりも、大切なことがある。
それを持っている人は、強く、優しい。
「メイショウさん」は語る。
「信頼できる調教師や生産者と思いが重なれば、どんな馬も強くなる可能性があるんです」
(asahi.com:売れ残りに福がある? 名馬育てた明石の馬主、夢を語る - 関西)
きっと、そんな生き方にお金も人も運も引き寄せられるのだろう。