人の性格や資質において、完全に「短所」だと言えるものはありません。
一つ一つの性格や資質は「個性」であり、「短所」も見方を変えれば必ず「長所」となります。
それは光と影の面のどちらに意識をフォーカスするか?ということだけなのですが、自分や親しい人の性格や資質ほど、なかなかそう思えないのが難しいところです。
先日、「手紙はそれを書く人のコミュニケーションを成熟させてくれる」というお話を綴ってみましたが、今日は「手紙」の「短所」は「長所」と見ることができるという見方の一つの例として示してみたいと思います。
「手紙」を文字を使った一対一のコミュニケーションツールとして定義します。
そうした場合、いま世の中にあるメールやメッセンジャー、LINEなどどいったさまざまな同様の文字を媒介とするコミュニケーションツールと比べると、三つの短所が思い浮かびます。
その3つの短所とは、こちらです。
いずれも他のコミュニケーションツールに比べて「短所」と思える点であり、こうした「短所」があるから、「手紙」ではなくて別のデジタルなコミュニケーションツールを選ぶ場面が多いと思います。
しかしこうした「短所」は、逆説的にそれらが他のコミュニケーションツールにはない「魅力」になって「手紙」を選ぶ場面もあると思うのです。
この3つそれぞれの「短所」が、見方を変えるとどのような「長所」や「魅力」になるのか、考えてみたいと思います。
1.送るのにコストと時間がかかる
メールやLINE、メッセンジャーといったデジタルなツールは、ほぼノーコストでコミュニケーションを取ることができます(携帯やスマートフォン、パソコンといったインフラの設定にかかる初期費用は除いて考えます)。
何かメッセージを伝えようと思えば、携帯やスマートフォンのアプリを開けば、ものの1分もかからずに望む相手にメッセージを送ることができ、そしてそれは瞬時に相手のデバイスに届きます。
ところが、「手紙」はそうはいきません。
まず書くための葉書、それから少なくとも62円の切手を貼らないと送れませんし、それに送ろうとする内容を手で書くにしても、パソコンで印刷するにしても時間が要ります。
つまり圧倒的に前述したコミュニケーションツールに比べて、コストと労力がかかります。
それは、皆んなが知っていることです。
でもだからこそ、それをもらったときに嬉しいんです。
「ご馳走」の語源、「走り回って、奔走して食材を集めて、もてなしの食事を用意すること」と似ていますね。
スマートフォンの待ち受け画面に通知が出て、一通の手紙が届いたことに気づく。
郵便ポストを開けると、DMやチラシに紛れて一通の手紙が届いたことに気づく。
その二つのシチュエーションを想像してみると、「手紙」を受け取ったときの嬉しさは、デジタルなそれとはまた違った嬉しさを運んでくるのではないでしょうか。
時間と労力(コスト)がかかることは、単にツールとして見た場合はデメリットにしか見えませんが、こと相手に贈るものとして捉えたときにはメリットに化けます。
相手に対して「あなただから時間と労力を割いて贈りたい」と伝えることができるわけです。
ツールとしてのデメリットは、ギフトとしてのメリットなのです。
時間と労力がかかるからこそ、もらったときに嬉しい。
送るのにコストと時間がかかるという手紙の「短所」は、見方を変えればそのままギフトとしての魅力になっています。
2.送れる文字に制限がある
次に2点目ですが、メールやLINEなどのツールでは、送ろうと思えばほぼ無制限に文字数を送ることができます。
ところが、「手紙」はそうはいきません。
葉書にしても便箋にしても、文字を書くスペースに制限があります。
もしもお客さまが米粒に般若心教を刻むような職人芸をお持ちなら別かもしれませんが、「手紙」で伝えられる文字数にはどうしても制限がかかります。
これはコミュニケーションツールとしては「短所」に見えるかもしれません。
正確にたくさんの内容を伝えたい場合、それは「短所」となりますから。
けれど、それもまた見方を変えれば「長所」になります。
人には制限があるものに価値を見出す、という性質があるからです。
ダイヤモンドや金の価値は、その希少性が支えています。
もしもダイヤモンドや金がそのあたりの河原や道端に落ちているものであったら、当然いまほど価値を持たなくなっていることでしょう。
そして文字数が限られれば限られるほど、本当に大切なことを書きたくなるものです。
以前にこちらの「レターポットに寄せた記事」でも綴らせて頂きましたが、もしも今日一日に100文字しか言葉を使えないとしたら、誰にどんな言葉を伝えたいと思われるでしょうか。
自分にとって大切な人に、大切なことを伝えるのではないでしょうか。
同じように「手紙」においても制限された文字数の中で、伝えられることは限られてきます。
だからこそ、その削り取った言葉は相手の心に響くのではないでしょうか。
つまり、「手紙」というツールにおいては文字数が制限されることは、「短所」よりも「長所」として見方を変えることができると思うのです。
3.相手の反応がすぐに見られない
さて最後の三つ目ですが、デジタルなコミュニケーションツールはその伝達の速さによって、すぐに相手とつながれます。
メールを送信してすぐに返信がくることもあるでしょうし、またLINEやメッセンジャーの既読機能によって、相手が開封したかどうかすらも瞬時に分かるようになりました。
ところが「手紙」はそうはいきません。
「手紙」を書き、切手を貼り、ポストに投函して・・・相手の郵便受けまでに数日間。
それを見てくれたかどうかは直接聞かないと分かりませんし、また返信を書いてくれるかどうかも分かりません。
もしそこで相手が返信を書いてしてくれたとしても、また自分の郵便受けに届くまでにさらに時間がかかります。
相手の反応がすぐに知りたいと思う場合は、「手紙」というツールは向いていません。
けれども。
ここでも、見方を変えることができます。
相手の反応がすぐに見られないということは、それを想像する楽しみがある、ということです。
相手の反応を気にしないコミュニケーションと言えるのかもしれませんし、「与える」ことそれ自体に喜びを得られるツールとも言えます。
大切な人に何か伝えたいことがあって、それを書いて送ることができた。
それを読んで、あの人はどんな顔をするのだろう。
喜んでくれるといいな。
喜んでいる相手の顔を思い浮かべることができて、手紙を書いてよかったな・・・
想像力は人間の持つ最高の能力の一つです。
「手紙」はそれを送る相手を想う想像力を育んでくれるツールと言えます。
もしもそうして見返りを求めるのではなく、相手に与えることそれ自体に喜びを覚えることができたら、それは「無償の愛」と呼ばれるとても価値のあるものではないのでしょうか。
そんなふうに見ることができたら、「相手の反応がすぐに見られない」ということは「短所」ではなく「長所」と見ることができると思うのです。
いかがでしたでしょうか。
「手紙」がデジタルなツールに比べて「短所」だと思われる3つの点について、見方を変えることで「手紙」にしかない「長所」と見ることができたのではないでしょうか。
同じように、お客さまがもしご自身の中で「短所」だと思われている面がありましたら、実はそれはお客さまにしかない「長所」なのかもしれません。
あなたが嫌われるのと全く同じ理由で、あなたは愛される。
とは、心の世界でよく言われる格言です。
そんなふうに光の面にフォーカスすることに、少し意識を置いてみるのはいかがでしょうか。
今日もお越し頂きまして、ありがとうございました
どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。