【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

「手紙」の持つ時間差と不確実性は、送り手のコミュニケーションを成熟させてくれる

いらっしゃいませ、「言の葉割烹おおさき」へようこそお越しくださいました。
ここのところの初夏にも思えるほどの急激な気温の上昇に、身体があまりついて来ず、ぼーっとしている店主のおおさきです。

 

さて先日、熊野をめぐる旅熊野本宮大社に立ち寄った際に、八咫烏のポストがとても印象的でした。


そこでは熊野本宮の季節の写真が載った絵葉書と切手が売っていましたので、ふと心に浮かんだ何名かの方にその場で手紙を書いて、投函してみました。

 

それは3月中旬の週末でした。

旅を終えて日常に戻り、そんなことも忘れていたところ、昨日手紙を出した方からお返事が届きました。

 

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熊野本宮と八咫烏の絵葉書は、私の好きなお馬さんの写真になって帰って来たのです。

 

今日びはメールやSNSといったデジタルなコミュニケーションツール全盛の時代ですが、そんな中でポストに「手書きの手紙」が入っていると嬉しいものです。

 

たくさんのデジタルなコミュニケーションツールが世に溢れている今だからこそ、「手紙」を出すことでコミュニケーションを成熟させること思っていますので、今日はそのことについて綴ってみたいと思います。

 

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コミュニケーションツールというと、まずはメールが思い浮かびます。


パソコンと携帯電話の普及にともない、Eメールの恩恵を受けることができたのは、私は高校生のときでした。

距離も時間も飛び越えて、一瞬で相手のところに届く「メール」なるものに感動したことを覚えています。

 

そこからツールやアプリの進化は続き、今では「LINE」に代表されるように「既読」機能、すなわち相手が読んだかどうかまで分かるようになりました。

本当にすごく便利な世の中になりました。

 

けれど、「手紙」の場合はそうはいきません。
無事に相手のもとに届いているかどうか、そして相手がそれを読んだかどうかは、相手に確認するしかありません。

 

「手紙送ったけど、届いた?」
「今日手紙出したから、読んでね」
「手紙読んだら、返信してね」

 

・・・とメールするのも、野暮というものです。
仮に自分が言われたら、「それなら最初からメールかLINEで送ってよ!」と思ってしまいますよね。

 

けれど、それだけに「手紙」というコミュニケーションツールは出し手の成熟性と自立を求めると思うのです。

 

無事に読まれるかどうか、分からない。
運よく読まれたとしても、とっても時間の経った後かもしれない。
そして読まれたとしても、返事をもらえるかどうかは相手次第で、分からない。

 

それでも、「手紙」を書きますか?
他のたくさんある便利なコミュニケーションツールよりも、手紙を選びますか?

 

この問いは、コミュニケーションの成熟性を育ててくれると思うのです。

 

私たちは自分の発した言葉やその内容が、必ず相手に伝わっているはず、と思い込みがちです。


自分の思いは必ず相手に伝わり、自分が期待した返信や反応を返してくれるはず、と。

 

ところが、よくよく考えてみると、そうではないわけです。


そう思ってしまうのは、実は多分に私たちの持つコントロール欲が反映されており、必ずしも相手が自分の伝えたい内容を理解してくれたり、期待したような反応を示してくれるとは限りません。

 

出した「手紙」に返事が来ないこともあるでしょうし、相手に愛情を伝えてもそっけない反応しか返ってこないこともあるでしょう。

 

そうしたときに、私たちは期待が裏切られた、拒絶されたとショックを受け、傷付き、もうそれならこっちからアプローチしない!と拗ねてしまうことがあります。

 

ええ、男女間のすれ違いでは顕著ですが、親と子や友人との関係、教師と生徒、上司と部下など、さまざまな人間関係で、同じようなシチュエーションは想像できるかと思います。

 

さて、そこで傷付き、ショックを受け、拒絶されたと感じ、拗ねてしまうのであれば、もしかしたらその送り手は「依存」や「犠牲」や「打算」からコミュニケーションをしていたのかもしれません。

 

「私のことをもっと見てほしい」
「私がどれだけ努力して頑張っているか、わかっているのかな」
「これだけ愛情を伝えたんだから、同じくらい返してくれるはず」

 

こうした状態ですと、相手の反応に一喜一憂して疲れてしまいます。

 

返事がなくて不安で、毎日怖れ満載の心持ちでポストをおそるおそる開ける・・・
それだと、「手紙」を出すことで逆に疲れてしまいますよね。

 

そこからもう少し自立して成熟してくると、相手の反応が気にならなくなります。

 

「相手がどう受け取ろうと構わない、自分はこれが大事だと思うから伝える」
「旅先で綺麗な風景の絵葉書を見てたら、あの人の顔が思い浮かんだから送ってみよう」
「返信が来ても来なくても、相手を想って手紙を書くことが楽しい」

 

そんなふうに軽く捉えられたら「手紙」を書く、与える、伝えること自体が喜びになります。

 

「手紙」を書くことは、そんなふうに送り手が自立して成熟したコミュニケーションを取れるように促してくれます。

 

それは、メールやLINEといった早くて確実なコミュニケーションツールが世に出てきたからこそ、生まれた恩恵だと思うのです。


だって「手紙」しかなかった時代には、否応なしにそれを選ばざるを得なく、それが「確実」か「不確実」か、という比較はできないわけですから。

 

いろいろな便利なコミュニケーションツールを「選べる」ようになった現代だからこそ、生まれた「手紙」の恩恵。

 

ぜひ、そんな素敵な不確実なコミュニケーションツールの「手紙」を書いてみてはいかがでしょうか。

 

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本日もお越し頂きまして、ありがとうございました。

 

今日は二十四節気の一つ、「清明」です。
春の陽射しの中、天地万物が清らかな明るさに輝く節気。
今日がそんな清らかな一日になりますよう。

 

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

 

 

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