大嵜 直人のブログ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

最も感じたくない感情はなんだろう

両親に対しての感情が、最も感じたくない感情の場合が多いです。

そして、それだけにその感情は現実を最も大きく変える力を持っています。

 

昨日の言の葉の続きで、そんなことを考えてみました。

 

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昨日は一つの感情だけを感じることを止めることはできないため、ネガティブな感情に蓋をすると、楽しい嬉しいといったポジティブな感情も鈍くなってしまい、豊かさを失ってしまう。

ネガティブなものも含めて感情を感じ尽くして、自分の感じることを大切にできるとら最も身近なところに自分という味方をつくることができる。すなわち、自分を信頼することができる。

そうすると、現実を変えるために勇気を持って行動することができるようになる。

 

そんなお話でした。

 

では、それを前提とするなら、最も感じたくない怖れている感情を感じることができれば、それによってたくさんの感情を感じることができ、結果的に豊かな生を送れるのではないでしょうか。

 

では、人にとって最もご遠慮願いたい、イヤな感情とは何でしょうか。

 

話をちっとも聞いてくれない彼氏への怒り?

すぐ優秀な同僚と比較されることへの劣等感?

お金の使い方にルーズな奥さんへの苛立ち?

罵倒するように怒る上司への怖れ?

 

人それぞれ、いろいろありますね。誰だって進んで感じたくはありません。

 

なぜそれらがイヤな感じがするのかというと、こじらせたイヤな感情の多くは、自分の親に対する感情に行き着くことが多いからです。

 

ぐぇ、という感じのえげつない話なのですが。

 

これ、結構鉄板で、ナリタブライアン日本ダービーくらい堅いです。

あ、鉄板というのは競馬・競輪などの用語で、鉄板=硬い=ガチガチの本命馬のことを指し、転じて間違いない・確実なという意味で使われます。まあ、鉄板馬券が外れることもよくありますけれど…

 

 

さて、感じたくなかったイヤな感情。それは、

 

彼氏に対しての不満は、実は元カレに対して感じていた感情で、その不満は実は元々カレに感じていたもので…と辿っていくと、行き着くところには、実は自分のお父さんに対して感じていた感情だったり、

 

弟は何をしていても可愛がられるのに、長子の私はどれだけ頑張っても褒められない悔しい想いを同僚との比較に持ち出していたり、

 

お母さんからお小遣いのムダ遣いをよく怒られて、ちゃんとしようと頑張っていたところに、奥さんの奔放なお金の使い方にざわざわしたり、

 

上司に対しての怖れは、すぐにかっとなって怒鳴るお父さんにたいしてずっと感じていた感情だったり、

 

そんなことが往々にしてあります。私たちは子どものころに満たされなかった想いを、知ってか知らずか、ずっと後生大事に持ち続けていることがあるのですね。

 

そんな両親に対してずーっと感じていた想いや、欲しかった言葉。それはどんな想いや言葉でしょうか。

 

 

クソババア!どっか行け!

クソジジイ!お前のせいでこうなった!

大嫌い!アホ!バカ!オタンコナス!ドテカボチャ!○にさらせ!

 

そんな思いをもつこともあるでしょう。

思春期を経て中指立ててそっぽを向くようになってからは、そうかもしれません。

 

ところが多くの場合、人の感情の中で「怒り」は二次感情だといわれます。奥底に眠る感情を隠すために使われる感情だということです。

 

その想いを感じ尽くすと、もう一つ下の層に隠されて眠っている感情に気づきます。

 

 

とても寂しかった

私だけを見てほしかった

愛してほしかった

 

中指立てて悪態つくくらい、

お母さんのことが大好きだった

お父さんのことを愛していた

 

という感情が誰の心の奥底にも眠っています。

 

これも鉄板です。

ディープインパクト菊花賞くらい堅いです。単勝元返しです。

 

 

その切ない、見たくない、蓋をしてきた感情はまさにパンドラの箱です。人によっては、そのネガティブな感情がウヨウヨと渦巻いている蓋に触れることすら恐怖で、「おぇぇっ」と吐き気がする場合もあるでしょう。

 

私がそうでした。

ずっと蓋をしていたことに気づかず、腐臭を放つまでになってきました。

 

けれどパンドラの箱を開けて、あらゆる災いが吹き出てきた最後に残っていたのは「希望」という名の種だったと伝えられています。

 

どんな災いが降りかかろうとも、人の生きる道をささえてくれる「希望」。

 

心というパンドラの箱の奥底に眠っている希望は、「愛」なのです。

 

それだけに、この箱を開けると大きくパワフルに現実が動き出します。自分の帰るべき拠り所がはっきりすると、大きく飛び立てるのです。

 

 

さて、お客さまがもし感じたくない感情がございましたら、一度目を向けてはいかがでしょうか。

そして、もしできることなら、

 

お父さん、お母さん、今まで寂しかった。

けれど、それだけどうしようもなくお父さんとお母さんを愛していました。

 

そんな言の葉を贈ってみては、いかがでしょうか。もしかしたら、その言の葉を与えてもらうよりも満たされるかもしれません。

 

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。