【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

必ず最後に愛は勝つ / 1990年有馬記念 雑感

2017年も大晦日になりました。

最後の一日が日曜日ということで、大好きなお馬さんの言の葉で今年を締めくくりたいと思います。


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ある一人の相談者がカウンセリングを受ける様子を、クローズされた空間で複数の人が共有することを公開カウンセリング、またはオープンカウンセリングと呼ぶ。

 

相談者=フォーカスパーソンの主訴に応じて、ロールプレイセラピー(心理劇療法)などの手法を用いて進めることもあるが、実は癒されているのはそれを観ている周りの人たちであることが多い。


時に1988年。
突如として現れたフォーカスパーソンならぬフォーカスホースに、日本中がそれから3年間のオープンカウンセリングを受けることになる。

 

彼の名は、オグリキャップ

 

時代はバブル絶頂期。
競馬場は場末の鉄火場から、老若男女が訪れるレジャーにイメージチェンジをしようとしていた。

 

そんな頃に、彼は笠松からやってきた。

 

地方から来た冴えない血統の雑草が、中央のエリートたちを蹴散らす。そして幾多のライバルたちとの名勝負、故障、蹉跌、復活。

 

誰も彼もが、オグリから目を離せなかった。
彼の走る姿に感動し、地団駄を踏み、快哉をあげ、いつも魂を揺さぶられた。

 

彼の走るレースは、まるでセラピストが施すロールプレイセラピーのようだった。


高松宮杯まで6連勝。クラシック登録がなく、裏街道を驀進した4歳春。

 

現役最強古馬タマモクロスとの三連戦。天皇賞ジャパンカップで先着を許すも、有馬記念で雪辱を果たし、引導を渡した4歳秋。

 

繋靭帯炎により初めての長期休養に入り、雌伏の時を過ごした5歳春。

 

5歳秋、伝説に残る6連戦。オールカマー毎日王冠天皇賞イナリワンスーパークリークとの史上に残る激闘。バンブーメモリーを異常なまでの勝負根性で差し切ったマイルチャンピオンシップ。連闘のジャパンカップでは世界レコードで駆け抜けたホーリックスとの死闘。そして、有馬記念での沈没。

 

6歳春、時代の寵児武豊騎手とレコードで圧勝した安田記念。今は亡き岡潤一郎機種を背に悶えた宝塚記念

 

そして迎えた6歳秋。
天皇賞、6着。生涯初めて掲示板を外す。
ジャパンカップ、11着。目を覆う惨敗。

 


オグリはもう終わったのか。

 

オグリキャップの引退レースとなった1990年有馬記念は、見る者にその問いを突きつけるレースとなった。

 

走るのか、走れないのか。
信じるのか、信じないのか。
愛するのか、愛せないのか。

 

オグリは有馬記念というロールプレイを通じて、見る者の内面を深く写し出していた。


レースを見る者の数だけの想いが交錯しながら、ゲートは開いた。

 

オグリは前半、気持ちよさそうに前目4、5番手を追走している。3コーナーで武豊騎手は大きく外に持ち出し、早くも追い出しにかかる。

 

4コーナーを回って直線入り口でオグリが先頭に立った時、終わったと思っていた者も、馬券を買っていなかった者も、信じられなかった者も、意識的にせよ無意識的にせよ、こう思ったはずだ。

 


オグリ、がんばれ。
あと少し、がんばれ。

 


大団円のウイニング・ラン。
場内の18万近い観客からの、割れんばかりのオグリ・コール。

 

競馬が、場末の鉄火場から感動を与えるスポーツへと昇華した瞬間であり、またオグリのオープンカウンセリングが完結した瞬間でもあった。


もしオグリがいなかったら、競馬ブームもなく、私も競馬に触れていなかったかもしれないし、今この言の葉を綴っていることもない。

 

ありがとう、オグリキャップ


第62回、有馬記念
本日15時25分、発送。

 

どんなに困難で
くじけそうでも
信じることさ
必ず最後に愛は勝つ

 

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2017.12.24
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この1990年の有馬記念は伝説的なレースとされ、いまだに有馬記念の時期になると過去のレースのハイライトなどのとしてよくVTRが流れます。

 

もう30年近く前のことになるのに、いまだに多くの人の心と記憶に残るオグリキャップ。競馬ブームを決定づけた存在でした。私もブームに乗って、ゲームセンターのクレーンゲームでたくさんオグリキャップのぬいぐるみを釣っていたのを覚えています。


彼がいなければ、私がこうして競馬に触れることもなかったかもしれません。

 

そして、今年3月に葉山でのオープンカウンセリングやセッションを受けていなければ、こうしてここで言の葉を綴っていることもなかったかもしれません。

 

最後に、この割烹に日々訪れて頂いたり、スターをつけてくださったりした皆様がいなければ、更新を止めていたかもしれません。


縁と呼ぶべきなのか何なのか分かりませんが、こうして言の葉を綴ることのできるそんなつながりに感謝いたします。

 

ありがとうございました。


今年最後の一日、どうぞごゆっくりお過ごしください。