大嵜 直人のブログ

別れによって傷ついたココロは、出会いで癒される。私が辿ったそんな物語を「書く」に至るまでの、記録と変遷のブログ。

聖なる日に、1年前の夏に起きたやさしい奇跡について綴ってみる

子どもは、無条件に全力で親を救うために産まれてくるそうです。

もしそうだとしたら、私たちもまたそうだったのかもしれません。

 

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私は20歳過ぎに立て続けに突然肉親との別離を経験しました。

 

末っ子長男でポジティブ依存の気質だった私は、そこから自分一人で生きていかないといけないと思い込み、以前とは正反対のネガティブ自立に振れていきました。仕事の上でもプライベートでも、何でも一人でやろうと極度に自立を深めた分だけ、任せる、愚痴る、頼る、相談する・・・そのようなことをするのが難しくなっていきました。

 

深く傷ついた分、また親しい人が突然いなくなることが怖い。だから、ある一定の距離以上に他人と親しくすることができなくなっていきました。そして、私の周りの世界は次第に色を失っていきました。

 

そうした親密感への怖れから職を変えたり、健康上の問題や増え続ける体重に蓋をして、交通事故を起こしたりしても自分だけで何とかして踏ん張りましたが、最後に人間関係でどうしようもなくなりました。安定剤と誘眠剤に何とか助けてもらいながら、自分では解決策も分からずどうしようもなくなり、私は「人に頼る」ということを模索し始めました。

 

そこで神ってるカウンセラーに出会い、15年間封印していた自分の感情と向き合うことを始めました。

 

そのあたりは以前、こちらで綴らせて頂きました。

 

マリアナ海溝に潜る - 【割烹おおさき】へようこそ

続・マリアナ海溝に潜る - 【割烹おおさき】へようこそ

ずっとずっと寂しかった。 - 【割烹おおさき】へようこそ

私が言の葉を書き続けるきっかけとなったブログ - 【割烹おおさき】へようこそ

 

 

「そのとき処理できなかった感情は、時間が経ったとしても感じることができるし、それは癒すことができる。」

 

私が心の世界を学び始めたときに聞いた金言ですが、逆に言うと

 

「感じ尽くさない限り、蓋をしたり抑えつけた感情はいつまでも心の奥底に澱のように残ったままである」ということでもあります。その澱のような処理できない感情が積もっていくと、今現在の自分に影響を大きく与えているとも言えます。

 

私が感じたくなくて目を逸らし続けていたのは、「突然の別離が寂しい、もう一度だけでも会いたい」という感情でした。

 

傍から見れば当たり前のことなのですが、当人にとっては感じることができないのです。事実、私はそのときまで15年の間、肉親に呼びかけた記憶がありませんでした。それは、呼びかけても「いない」ということが分かってしまうと、辛すぎるから。

 

利子こそついていなかったのでしょうが、15年間もかけて溜め込んだ感情は、それこそえげつないくらいに暴れました。蓋をしてきた感情と向き合いだしてからというもの、外界に起きる問題は、まるで私にその溜まりに溜まった感情を感じさせるように続きました。

 

通勤の車の中で、会社のトイレで、独酌に潰れて、嗚咽を漏らしていました。

どうしようもなく寂しい。孤独だ。もう一度会いたい。

 

 

・・・と、前置きが長くなりました。

 

タイトルの「やさしい奇跡」はそのネガティブな感情が炸裂していた時期のことです。

 

ある日、息子と娘を連れて公園に行きました。

その頃私は、「肉親が生きた痕跡をたどるといいですね」という神っているカウンセラーの言の葉を頼りに、幼少期に訪れた場所をめぐっていました。

 

その日訪れたのは自宅から車で1時間半くらいの、30年ほど前に私が母親に連れてきてもらった公園でした。

 

整備された道路や、新しく増えた遊具などもありましたが、30年前と変わらない風景もそこにはありました。

 

 

やわらかな暖かい愛に包まれて生きていた、旧き良き時代。

気づけば、あの頃の父と母とそう変わらない歳になっていました。

 

 

子どもの前では、強い父親でいようと思っていました。

弱さや涙を見せてはいけないと思っていました。

けれど、帰りの車中はダメでした。

 

 

必死に後部座席に悟られまいとしていた私の頬を伝う涙に、娘はバックミラー越しに気づきました。

 

 

 

おとうさん、ないているの

 

 ないてないよ

 

だいじょうぶだよ

 

 ああ

 

なかなくてもいいよ

 

 うん

 

おとうさん、ずっといっしょにいてね

 

 ああ、もちろんだよ

 

おとうさんはおかあさんがいないけど、おとうさんのおかあさんはきっとかえってくるよ

 

 

気付けば娘も泣いていました。

わずか4歳で詳しい説明も何もしたことないのに、全て分かってるんだな。

神々しささえ感じました。

 

「人と人は無意識の深いところでつながっている」

「子ども無条件で全力で親を助けるためにこの世に産まれてくる」

 

そんな心の世界で学んだ言の葉が、リアリティを持って感じられるようになっていきました。

 

 

産まれてきてくれて、ありがとう。

おとうさんとおかあさんを、選んで産まれてきてくれて、ありがとう。

 

 

そんな言の葉を少しずつ子どもたちにかけられるようなってから、少しずつ私の中にはある確信めいたものが芽生えるようになりました。

 

 

お父さんとお母さんは、幸せな人生を全うした。

私が産まれてきたことで、きっと彼らにたくさんの喜びを与えてきた。

たとえ別離があったとしても、私が幸せな人生を歩むことを何よりも応援しているだろうし、それに罪悪感を感じる必要もない。

 

 

「両親よりも幸せになってはいけない」というのは、よく陥りがちなトラップのようで、両親のパートナーシップをコピーしたり、両親の年収を超えることに罪悪感があったり、いろんな形で私たちの人生に影響するようです。

 

それはとりもなおさず、それだけ両親を愛していて助けたかったことの裏返しに他ならないのですが、なかなか内側からは気付かないものです。私は親という立場になって、ようやくそれに少しだけ気づくことができました。

 

もう少し早く気づいていれば・・・

もっと親孝行ができていれば・・・

という思いがないわけではないですが、それは自分を責めるツールにしかなりませんので、できるだけ手放すようにしています。

 

産まれてきただけで、親孝行は終わったようなもの。

それよりも、いま自分が幸せでいることが最上最高の親孝行。

 

 

 

少しだけそう思えるようになった1年半前のやさしい奇跡を、クリスマスという聖なる日に綴ってみたくなりました。

 

 

お客さまの周りにもやさしい奇跡が起きますよう。

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。

 

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