【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

細部を見つめると、あたりまえの日常もありがたく感じられる

ありがとうと思える時間が多ければ多いほど、豊かで満足度の高い生を送れるのだと思います。そのためには、日常の細部を見つめることが大切だと思うのです。

いつも同じ結論なのですが。

 

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ありがとうの反対は、あたりまえ。

毎日が自動的にカタカタと流れるエスカレーターのように感じるようになったら、要注意。「あたりまえ」にあふれた日常は、感動を奪い、何かをする気力を失わせ、感謝の心もどこかへ散ってしまいます。

 

 

今朝起きてからの出来事で、奇跡だ、ありがたいな、と思える出来事がいくつあったでしょうか。

 

 

ぜんそくに苦しんだことのある人は、普通に息が出来ることに感謝するかもしれません。

深刻な災害に遭われた方は、蛇口を捻ると水が出ることに安心するかもしれません。

足を骨折したことのある人は、ベッドから起きて歩けることに幸せを感じるかもしれません。

深い孤独や別離を経験したことのある方は、自分の居場所があることにほっとするかもしれません。

断食を経験した人は、ものを食べることの感動に敏感かもしれません。

 

 

こうした例は挙げればきりがありませんが、それではこうしたネガティブとも思える出来事を経験しないと、私たちはそのありがたみを分からないでしょうか。

 

私はそうは思いません。

いつも申しあげている通り日常の細部を見つめることで、少しずつ「あたりまえ」から「ありがとう」に視点を変えていけると思うのです。

 

そんなことを考えた言の葉をどうぞ。

 

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幸せを感じるハードルを下げた方が、生き易い。

 

ジュリア・キャメロン著「The Artist's way(邦題:ずっとやりたかったことを、やりなさい)」を読み返していて、手が止まるフレーズについて少し考えてみる。

 

祖母は苦しい人生が自分に何を教えてくれたのかを知っていた。成功しても失敗しても、人生の真実は、その質とほとんど関係ないということである。人生の質はつねに喜ぶことのできる能力に比例している。喜ぶことのできる能力は、日常の細部に目をやることによってもたらされる贈り物なのだ。

 

多くの文脈で「幸せ」とは、状態もしくは結果として語られる。けれど、先の文章にあるように、「幸せ」とはそれを感じることのできる、後天的に習得する能力の一つのような気がする。

 

幸せのハードルを下げる。

以前の私にとって、それは屈辱的な負けを認めることだと思っていた。イソップ寓話の中の、キツネが高い場所にあって取れないブドウに対して「あのブドウは酸っぱいんだ」とうそぶく、歪んだ合理化のように。

 

あのブドウは甘美な味であることを知っているキツネは、どうしたらいいのか?負けを認めず、酸っぱいんだ酸っぱいんだと自分を偽ることしかないのか?

 

ずっとそんなことを考えていたけれど、最近は甘いブドウが食べられるかどうかと、幸せかどうかには何の因果関係もないような気がしている。

 

甘いブドウが食べられなくてもその香りで幸せを感じられる場合もあるし、ブドウがその手にあってもメロンがないと嘆く場合もある。

 

もしそうならば、条件付きで幸せになるという幻想を手放し、ただそこにあるモノやコトを感じることが一歩目のような気がする。

 

ただ空を見上げること

雨の音に耳を澄ませること

咲いている花の匂いを感じること

目の前の人をただ見ること

息をしていることに気づくこと

 

きっとそんなことが、幸せを感じる能力を育むことなんだろう。

 

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2017.8.2

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条件付きの幸せという幻想は、その条件が満たされても新しい条件をつくりだすため、同じスパイラルの中から抜け出ることができません。

 

一方、いまあるものの豊かさを感じだすと、括弧づけていた条件が外れてそのスパイラルから抜け出ることができます。それは決して歪んだ合理化でも、卑屈になることでも、自分を卑下することでもありません。

 

そしていまの豊かさをしっかり感じることができると、私たちはそれを増幅することに意識を向けはじめて、さらに豊かになっていきます。

 

 

その第一歩には、日常の細部を見つめることなのでしょう。

 

今日はお帰りの際には、お月さまを眺めてみてはいかがでしょう。

昨日は今年最も地球に近い満月、スーパームーンでした。となると、今日は十六夜スーパームーン、楽しんでみてはいかがでしょうか。

 

どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。