【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

身の回りの小さな変化を感じられるほど、満たされ豊かになる

もし、身の回りで変わらないと感じるものがあるとすれば、実はそれは大きく変化しているのかもしれません。

目に見えるほどの大きな変化ではなくて、その変化を感じられると不思議と満たされていくと思うのです。

 

一昨日のこちらの言の葉 に少し関連したお話しです。

「不感症」の状態になっていると、毎日が当たり前に満ちた暮らしになってしまいがちです。そうすると、どうしても外的な刺激による変化を求めるようになります。

 

「宝クジで5億円当たらないかな・・・」

「駅でコケたら超絶イケメンが手を引いてくれないかな・・・」

「実は超名家の血を引いていて、莫大な遺産がいきなり入らないかな・・・」

 

不感症になればなるほど、現実とギャップのある願望が芽生えるようになります。もちろん、こうしたことが現実に起こることもありますが、不感症の状態だと一時的にアドレナリンが出たとしても、すぐに違う刺激が欲しくなります。 

 

こうした「~~したら幸せで満たされるのに」という条件付きの願望は、往々にして「~~」の部分が叶っても、満たされることはありません。

 

だから一昨日は空を見上げましょう、と申しあげました。

 

日々の変化を感じられるようになればなるほど、いますでに満たされていると思えるようになります。

 

今日はそんな言の葉を。

 

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いつ行っても、とても美味しいお店がある。

 

「いつ来ても、変わらず美味しいですね。」

 

そんな酔客の戯言を、いつも大将は笑っていた。

 

けれど、ふと考えてみると、変わらないことがすごいのではなくて、変わらないと感じさせることがすごいんだ。

 

私の身体の細胞を構成するアミノ酸は、何もしなくても新しいものに30日で全て入れ替わる。

太陽さんは58℃の鋭角の範囲で、日々そのお顔を見せる場所を変え、お月さまは日々その美しい横顔を変える。

足元の大地は毎年数センチ、西へ東へと移動している。

ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。

 

だとすると、いつも美味しいってことは、私の慣れと惰性の期待値を上回る味をいつも大将は提供し続けているのだろう。

 

そのお店のように、

いつあっても、新しい魅力を感じさせる、そんな人に、なりたい。

いつ読んでも、新しい情感を表現できる、そんな投稿が、したい。

 

それはきっと、

いつ会っても、その人の新しい魅力を発見できる自分だったり、誰の投稿を読んでも素直に感動できる自分になることなんだろう。

 

 

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2017.5.25

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だって、黙って立っていても新幹線の3倍以上の速度で足元の地球は回転し、かつ光の速さの三分の一の速度で太陽の周りをまわっているのですから。

 

「ありがとう」と「あたりまえ」は対義語です。

「あたりまえ」という思い込みを取り払うと、満たされ「ありがとう」という心情になることができるのでしょう。

 

 

さて、今週はだいぶ冷えますね。

私も風邪をこじらせたようで、なかなか治りません。

お客さまも、お気をつけて。