大嵜 直人のブログ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

なぜ、日々言の葉を書き続けるのか

今日は連休中で静かですので、毎日ここで言の葉を書き続ける理由は何かを綴りたいと思います。

 

いま私が考えるその理由は、

 

今日の私にしか紡ぐことのできない言の葉があって、世界にはそれに共感したり、必要としてくれる人が必ずどこかにいる、と信じているから。

 

ブログの素晴らしいのは、時間を越えて残るところ。

1か月後かもしれない。半年後かもしれない。10年後かもしれない。いつかどこかで誰かが、何かの拍子に見かけたときに「あぁ、わかるわー」と共感してもらえたり、あるいは「そんな考えもあるのね」と思ってもらえたりして、心に残ることがあるかもしれない。

 

それは、かつて私がそうだったから。

 

どうしようもなく生き辛く、道に迷い、自分を見失ってしまったときに、私に希望を与えてくれたのは、インターネットの広大な海の片隅で泡沫のように浮かぶ言の葉でした。それはブログに書かれた言の葉でした。気に入った記事をブックマークして、何度も何度も読んで手帳に写経して。日々更新されるのを本当に心待ちにしていました。

 

何度その言の葉に救われたか。

こんな風になりたい、こういう風に生きていきたい。

そう思うことが、大きなベクトルの向きを変える一歩目でした。

 

そのブログを書いている方に力があるから、そんな記事が書けるのだろうな。

以前はそんな風に考えていましたが、今は少し違います。

 

私のこれまで生きてきた経験は、他の誰のものでもありません。もちろん、それは誰しもが同じことです。その二つとない人生を背負ってきたからこそ、紡げる言の葉がある。美しい花鳥風月から切り取れる情景がある。そこから得た考えや理念がある。

そう思います。

 

そして、その想いを必要としている人が、必ずいる。

今すぐではないかもしれません。

だから、日々書き続けます。

 

 

もしご来店いただけるお客さまがもっと増えたら、とてもとても嬉しいことです。ありがたいことです。たくさんのお客さまに読んで頂きたいと思っています。

 

けれど、それよりも、

たった一人でも、

「この記事、読んでよかったな」と思ってもらえることが出来たら。

それは、これ以上ない喜びです。

 

だから、そのために日々書き続けます。

それはとりもなおさず、自分の生きた証を日々刻んでいくことに他ならないから。