【言の葉割烹おおさき】へようこそ

人との別離で傷ついたココロは、人との出会いで癒される。私の辿ったそんな体験を、言葉にしてみたいのです。

花は誇らず、ただ咲く

また週末の雨です、しかも台風が来ていますね。

逸れてくれるとありがたいのですが。

 

全く根拠のない話なのですが、政変が起こる年は日照時間が少ないという謂れを聞いたことがあります。かの大政奉還の年も、夏からずっと雨ばかりが続いていたそうです。明日は国政選挙がありますが、選挙というのも予定された政変と言えるのかもしれません。自らが信じられる政治家や政党に一票が投じられるといいですね。

 

 

さて今週はずっと雨でしたが、週なかに一日だけ晴れ間がありました。ちょうどその日に遠出したのですが、久しぶりに富士山を拝むことができました。

 

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雲があんなに低い場所にあって、不思議な光景でした。

美味しい料理もいいですが、たまにはこういう風景もいいですね。 

 

今日はそんな風景の言の葉を。

 

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遠くの親類に、春の便りを。

 

先日訪れた東慶寺で売っていた、

しだれ桜の絵葉書。

 

そういえば、ずっと前に

傷んだ心を慰めてくれたのも

しだれ桜だった。

 

花は誇らず、ただ咲く。

 

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2017.3.23

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雨の音が響く、静かな夜ですね。

少しお話してもよろしいでしょうか・・・断られても、話してしまうんですけどね。

 

 

15年ほど前、

しだれ桜を眺めていました。

あるお寺の境内の、

かなり老木だったと思います。

 

日々起こることに、何かリアクションをすることが精一杯でした。今思うと必死に感情を切って、ブレーカーを飛ばしていたのかもしれません。

 

そんな私でしたが、なぜかそのしだれ桜は携帯で写真に残していました。

今のスマートフォンのような高性能なカメラではなく、粗い画像でしたが、おじぎをするように頭を垂れていた写真でした。

 

あの当時流行したJ-PHONEのカメラ付き携帯は、機種変更のあとも保管していました。けれど時の流れとともに電源が入らなくなり、入っていたデータと一緒に忘却の底に沈んでいきましたが、そのしだれ桜の写真はなぜか心に残っていました。

 

 

15年経って、目に映る不快な世界は、実はそのときの傷に向かい合うための恩恵でした。

 

一年半ほどマリアナ海溝へ潜っていましたが、春に葉山を訪れたのが転機でした。傷は傷ではなく、誰も私を傷つけてなどいませんでした。

 

そのときに一緒に訪れた鎌倉の東慶寺で買った絵葉書。

 

15年前と同じように、おじぎをするように頭を垂れていました。

 

今も変わらず、私はこの頭を垂れるしだれ桜が好きなようです。

 

そのときから、何も失われてはいませんでした。

 

無くしたものは、その瞬間の景色だけでした。それでも、今も変わらず、

 

花は誇らず、ただ咲くようです。

 

 

もうお客さまだけですし、看板下してしまいましょうか・・・そうですね、少しお待ちください。

 

 

お待たせしました。

・・・あ、これはどうも。それでは、遠慮なく頂きます。

・・・いや、染み渡りますね。

 

 

どうぞ、ごゆっくりお過ごください。

私もしばし雨の音を肴に独酌することにしますので・・・