【割烹おおさき】へようこそ

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自立ロード

あら、いらっしゃい。

三連休明けの火曜日にも呑みに来るなんて、ほんとキトクなお客さんね。連休明けてヒマだと思ったのに・・・あ、何でもないわ、まあまあ座って。

 

・・・はいはい、とりあえずビールね。

今日は間違えないから大丈夫よ・・・はい、どうぞー。

 

んー?何か聞きたそうなお顔をされてるわね。

そりゃー、わかるわよ。女性は男性の10倍感受性が高いって、聞いたことないかしら?

 

・・・ああ、なんだ昨日の話。

昨日端折った、周りを責めるところから自分を変えようとするプロセスのとこね。ショックなことや、問題が起きて心が沈んでから、もう一度再生するストーリーね。

 

それじゃ、ちょうど昨日と同じランニングに寄せた言の葉でいいの入っているから、まずはそれをどうぞー。

 

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ランニングコースのだらだら坂。

 

癒着と依存と他責にまみれた心理状態でどうしても辛かったとき、ひそかに「自立ロード」と呼んでいた。

 

巨人軍栄光の18番を背負った桑田真澄さんが、靱帯断裂の大怪我から復帰を期したリハビリの際に、芝生が剥げるほど走ったジャイアンツ球場の「桑田ロード」になぞらえて。

 

桑田さんでも、あの復帰登板でプレートに肘を当てて、野球の神様に感謝を祈るまでに2年かかった。さて自分なら何年かかる?いつもそんな自問自答をしていた。

 

右肘靱帯断裂よりは早く自立に復帰できたと思うけれど、このだらだら坂の名前を変えようか、迷っている。

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2017.5.12

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 え?桑田さんがハーフっぽい芸能人のお父さんってことくらいしか知らない?

そっかー、時が流れるのも早いものね。あ、そもそも野球に興味がないかしら。

 

桑田真澄さん。

かの清原和博さんとPL学園でKKコンビとして一年生から甲子園を沸かせ、1985年の運命のドラフト会議を経て巨人軍に入団。初年度から精密なコントロールと多彩な変化球で頭角を現し、1990年前後からは斎藤雅樹さん、槙原寛己さんと共に先発三本柱としてチームを支えたわ。その当時、ナゴヤ球場に巨人戦を観戦に行ったときに、その三人の誰かが先発としてコールされたときの絶望感ったらなかったわ。

 

投手としてはそれほど大きくない体格をカバーするための緻密な理論と、その野球に真摯に取り組む姿勢から、プロ野球選手からも模範とよく称されるわ。

 

そんな桑田さんは1995年に大きな怪我を負う。守備の場面で右肘を強打、試合後に右肘靱帯断裂の大怪我だったことが判明したわ。大手術を受け復帰を期した桑田さんが、2軍の球場の周りをひたすらランニングしたコースは「桑田ロード」と呼ばれ、芝生が剥げあがっていたと伝えられているわ。外野から聞く話だから、尾ひれくらいはついてるかもしれないけれどね。

 

 

・・・と、桑田さんのお話はここくらいにして、ショックや問題が起きたところから自分で主体的に取り組むまでになるプロセスよね。

 

ショックな出来事、問題が起きたとき。それは突然予期していない方向から弾が飛んでくるからショックなのよね。そして、思いもしなかった被弾をしたときに、人はパニック状態になるわ。

 

そんなことはありえない。

何かの間違いのはずだ。

そんなことは起こるはずがない。

 

とね。ショックが大きければ大きいほど、この作用は強く出るわ。現実味やリアリティが感じられず、何か別の世界の出来事のように感じられる。心が許容できる感情にはキャパがあり、それを超えた場合は何も感じないように麻痺させる場合もあるわ。心の一つの防衛反応と呼べるのかもしれないわね。

 

この状態では何かをしようとする気になるはずもなく、ただなすがままに時間が流れていくわ。自分が自分でないような感覚が起こるかもしれないわ。本人は自分の心に寄り添うように、周りはただ傍にいてあげることが一番重要なのかもしれない。

 

けれど、一日一日と自分の周りの空気が薄く、それでいて周りと断絶されているような時間を何とか過ごすと、次第に心は今の状況を受け入れ始めるわ。

 

そうしたときに出てくる反応が「他責」と「依存」ね。

 

ショックな出来事や問題の責任転嫁がしやすい場合には、

「あいつのせいでこんなことになった」、

 

もしくは自然災害とか、責めるべき原因がはっきりしない場合には、

「誰か何とか今の状況を変えてほしい」。

 

いずれの反応も自立に向かうプロセスの一つで、何一つ間違っていない。ここでするべきことは、「ひたすらに心のままに悪者を責める」、「思いっきり誰かに依存する」ことを自分に許すことだと思うわ。これを中途半端にすると、どこまでいっても、「でも・・・」という感情が抜けきらなくて堂々巡りするわ。

 

・・・え?やけに詳しいなって?

そりゃそうよ、経験者は語る、だわよ。

 

アタシは小賢しく、人として~とか、無理に取り繕ってアタシの中の暴れる感情を抑えつけてきたところがあるわ。今でもその癖はあるけどね。感情は感じ尽くさないで抑圧すると、いつまでもマグマのように溜まっていて、よりパワフルに噴火するようになる。これはホントだと思うわ。

 

でも不思議なことに、感じ尽くして寄り添っていくと、その感情は昇華され、もう一つ深い感情が湧き出てくるようになる。深いといっても、かならずしもポジティブな感情ではなくて、無力感や抑う状態、罪悪感、孤独感など様々な感情が人の心の中には眠っているわね。

 

これは一番最初の心が麻痺した無気力よりも、徐々に静かに起こっていく分だけ、タチが悪いわ。周りから見ると淡々と日々を過ごしているように見えるけれども、その中では砂漠のような寂寥感がつのっていて、孤独感を抱え込んでいる。ああ、もうこの先どうでもいいや・・・というような諦念や絶望が生まれやすいのもこの時期ね。そんなとき、必要になるのが周りの親しい人や第3者のサポートだと思うわ。

 

そんなに自分を責めなくても大丈夫。

アタシが一緒にいるじゃないの。信じてるわ。

 

というように、その人そのものの価値を認めてくれる人が近くにいたら、こんな幸運なことはないわよね。

 

こうした段階を経て、徐々に徐々に感情の層を掘りながら、現実を受け入れていくと、どこかでベクトルが反転して、「まあそうは言っても始まらないし、前を向かないと」とか、「過ぎたことはもう仕方がないこと、これから何をしようか」という、ある種の諦念のようなものが芽生えてくるわ。

 

この反転した後にも当然揺り戻しや、ぶり返しが起こる。一朝一夕に全てがよくなる、なんてことはないわ。

 

・・・なによ、そんなイヤそうな顔しないでよ。

しょうがないじゃないの、実際アタシもそうだったんだから。今も多少はそうよ。けれど、一度ベクトルが変わってしまえば、もう「これからどうしたいか」、「アタシになにができるか」という自立の方に日にち薬で向いていく。

 

 

これが昨日端折った、他責から自立へのプロセス。

 

ほら、長いでしょ?もうボトル半分以上空きそうだもんね。

 

まあ、細かい話はどうでもいいわ。

きっと酔っ払って覚えていないでしょうから。

 

・・・えぇー、そんなに全力で肯定しないでよ!

 

それでも、一つだけ。

アタシたちが考えるよりも、人の心は強いわ。

 

どんなに地の底に落ちて、天に瞬くわずかな星の光が信じられなくなっても、かならずいつか天の川のような天体を眺めて美しいと思えるときがくる。時間がかかっても、それは必ず。どんな暗く長い夜でも、必ず太陽が昇る朝がやって来るくらい確実なことだと思うわ。

 

だから、そんな心配しないで。

あなたはよくやってるわ。

大丈夫だから。

 

 

あ、今日も長くなっちゃったわねー。

あとは大将によろしく。あ、アタシの指名料も忘れずにね!

 

それじゃ、ごゆっくりー。